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同窓生の活躍

フルブライト留学(前身のガリオア留学も含む)経験者は同窓会を組織し、会員の交流をはじめ、様々な活動を通じ、フルブライト・プログラムへのサポートを続けています。

フルブライター紹介

江端 貴子(えばた たかこ)

“チャレンジしたから、今の自分がある。 チャンスが与えられたということは、チャンスを生かす資格があるということ。”

フルブライト留学生として、Massachusetts Institute of Technology Sloan Schoolにて経営学を専攻。現在、特任助教授として東京大学で学術企画に携わるほか、東京フルブライト・アソシエーション役員としてフルブライト同窓生の交流、広くは日米交流の促進に努める。

フルブライト奨学金に応募したきっかけ

私はもともとコンピューターのエンジニアで、入社して7、8年経った時期、このまま経営のことを知らなくてもいいのかという疑問を持ちました。当時、金融のシステムを開発していましたが、実際にそのシステムが、どのように経営に影響を与えるのか、などを考えたときに、必要な知識が自分にないことに気づきました。企業は何を目標にしていけばいいのか、財務や組織も、どうしたら成果が出るのか、といった話は、技術屋の目だけだとぜんぜんわからない。それでとにかく経営を勉強してみたい、と思ったのがはじまりです。当時、ビジネスを学ぶには欧米への留学が主流でした。留学費用は考えていたよりも膨大で奨学金が必要でしたが、社会人として応募できる奨学金には限りがあり、そのひとつがフルブライトでした。名だたる「フルブライト」なので、私には無理だと思いましたが、でも、背に腹は変えられないので、とにかく、受けてみたわけです。


フルブライト奨学金が人生において意味するもの

自分の英語力ではトップスクールへの留学は無理だと思っていましたし、名だたる学校からMBAを取って転職する、という意識がなく、理数系出身でも勉強についていけるような学校が志望校でした。ところがフルブライトの最終面接時に、面接官から、「君、こういうバックグラウンドで、システムを経営に生かすことを勉強したいという目標を掲げているのに、どうしてMIT(Massachusetts Institute of Technology)を志望校に入れていないのか。」と聞かれました。MITは超難関大学というイメージがありましたから、私は「え!本当に私なんかが受けてもいいんですか?」と驚くばかりでした。でもせっかくそう言っていただいたなら、受けてみよう、と思い直し、その時点から必死に書類を揃え出願しました。最終的にMITに進学が決定しました。この面接官の一言で、私の人生は大きく変わりました。そして、主人とも留学したことで知り合いました。


今後フルブライト奨学金に応募を考えている人、
広く社会に飛躍しようとしている人へのメッセージ

自分の体験から思うに、チャレンジして欲しい、と思います。最近の傾向として、自分の能力はここまでだ、この仕事はあまり好きじゃない、など、割と早い段階で決めてしまう人が多い気がします。若いうちは、自分の選ぶものが本当にそれで良いのか分らないと思います。私もフルブライトの受験をためらっていたら、今の私はないし、「いや、私はそんな能力はありません、」とMITに出願しなかったら、結局その先もなかったわけです。道を狭めることはいつでもできる。一回狭めるとそれをまた広げるというのはすごく大変です。キャリアや社会貢献を選択するときには、ぜひそこを考えて欲しいと思います。