同窓生の活躍
フルブライト留学(前身のガリオア留学も含む)経験者は同窓会を組織し、会員の交流をはじめ、様々な活動を通じ、フルブライト・プログラムへのサポートを続けています。
フルブライター紹介
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佐藤 満秋(さとう みつあき) “若者の夢を実現させてくれたフルブライトのおかげで人生が広がり、大きくなった。” フルブライト留学生として、Columbia UniversityにてInternational Economics を専攻。通産省にて国家間折衝の最前線に立った後、キワニス・インターナショナルの国際理事を務める。2006年瑞宝中綬章受章。 |
フルブライト奨学金に応募したきっかけ
私が留学した1964年当時は、海外留学は夢のまた夢、と言う時代だったんですよ。日本以外の国で見聞を広めたい、というのはその頃のあらゆる若者の夢だったと思います。私が勤めていた当時の通商産業省では、国か国連がスポンサーになっている海外留学以外は認められず、フルブライト(アメリカ)、ブリティッシュ・カウンシル(英国)、あるいは国連のいずれかの試験にパスしないとなりませんでした。アメリカのほうが教育も経済も、あらゆる意味で世界をリードしていましたし、やはり今後もアメリカという国が世界をリードしていくだろう、だからアメリカを見てみたい、というのが私の根底にありましたね。それでフルブライト奨学金に応募しました。
留学時代の思い出
コロンビア大学での修士号取得には通常2年かかりますが、私は1年3ヶ月で経済の修士号を取得しました。そのためには、留学中は学生寮と教室と図書館、毎日、この三ヶ所間だけを移動していました。朝、教室へ授業を受けに行く。授業の後はすぐに図書館へ移動する。夜10時の閉館時間まで図書館にいて、閉館後、学生寮へ帰る。翌朝また授業を受ける。この三角形の生活です。コロンビア大学の場合、学位取得には、単位だけではなく、Bプラスアベレージ以上と成績を常に高く維持しなければならず、そのためには、今言ったような勉強生活をせざるを得なかった。東大での学生時代よりも勉強したかもしれませんね。英語力のハンディがあるから、そのぐらいしないと、だめだったんだろうと思います。だから私は9月に渡米し、翌年の5月頃までエンパイアステートビルディングも一切見たことがなかった。ニューヨーク市の中にいながら、ダウンタウンなんかにも行ったことがなかった。そういうことが、非常に強く印象に残っています。
フルブライト奨学金が人生において意味するもの
私の人生にフルブライトが貢献してくれたものはものすごく大きいですね。具体的には、いろんなかたちでの外国との折衝にも英語力は役立ちました。私のキャリアで2回外国勤務をしていますが、着任してすぐ、英語で仕事ができるというひとつのメリットがありましたね。それから2番目は、通産省を退職後も、英語が出来るということから、通産省の推薦で外資系企業の専務取締役につくことができ、ビジネス界で活躍することができました。さらに、キワニスという社会奉仕団体がアメリカにありますが、本部役員に日本人としてはじめて選出され、7年間務めました。これも、フルブライト留学をしていなければ、英語も出来ないし、国際的なバックグラウンドも培えなかったでしょうから、認めてもらえなかったことでしょう。すべてフルブライト留学経験あってこそのものです。フルブライトのおかげで人生が広がり、大きくなった。私は非常に感謝しています。
今後フルブライト奨学金に応募を考えている人、
広く社会に飛躍しようとしている人へのメッセージ
世界は単一になりつつあり、しかも、その単一になる市場の言語はインターネットの普及によって、英語以外にはないと思うんです。だから、今の若い世代の人たちに、英語をなんでもいいから勉強し、それによって海外との経験をひろめてくれたら、と思います。国際社会で日本が存在感を示すためにはコミュニケーション力を高めることが不可欠ですね。今後日本が世界から尊敬される国であり続けるためには、例えば技術のイノベーティブな面など、いろんなかたちでの、日本のエクセレントな存在をアピールしなければなりません。その時にコミュニケーションができなければ、アピールできませんよ。だから、それの基本は何かというと英語力であり、英語をわれわれの言葉として学び習熟して、自分らの優れたところを相手に示していって欲しい。日本という殻の中に閉じこもらずに、いわゆるコスモポリタン、世界人としての意識を今後は持って、世界の中で存在価値を示せるような人間になって欲しいと思います。


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