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グランティー通信

日米教育委員会では、フルブライト奨学金の受給により現在勉強・研究活動中の方々を「グランティー」と呼んでいます。

フルブライト語学アシスタントプログラム(FLTA)レポート

2011年度

高橋 友莉奈 ---Carleton College

中間レポート
  「どうしよう!!嬉しい!でも大丈夫かなぁ・・・」これが、FLTAとして渡米できるとの知らせがきた時、初めて思ったことでした。とてつもない嬉しさと緊張と信じられない気持ちと大きな不安と・・・そして希望が入り交じっていました。フルブライトの一員、FLTAとしてこのプログラムに参加できるということはとても大きなこと。そしてこんなすばらしい経験は私の人生において一生のLife changing experienceになるだろうと強く確信しています。ずっとしたかったアメリカ留学、そしてたくさんの国の人と交流できるFLTAプログラム・・・絶対に私の今後の人生を素晴しいものに変えてくれる!そのためにこの機会を最大限に生かさなくてはと思いました。

私がLA ( Language Associate) として働いているのは、ミネソタ州, Northfield にある Carleton Collegeです。リベラルアーツではとても有名で、勉強熱心な生徒が多いです。またアメリカの各地、また世界の色々な国から学生が集まり、国際色豊かな大学です。私は英語を学ぶのはもちろんですが、いろんな国の人と関わり、それらの文化等を学びたいと思っていたので、自分にとってはとても嬉しい環境です。「ミネソタってどこ?!」と思う方もいるかもしれませんが、ミネソタは自然がいっぱいで、夜は星がすごく綺麗な良いところですよ!アメリカ1治安が良い!と旅行誌に書いてありました!私も、同じミネソタに派遣されている赤松さんもミネソタが大好きです!冬は40℃まで下がるみたいで、私はまだ体験していませんし恐怖ですが、これも日本にいたら体験できない良い経験だと思っています。

では Carleton College でのLAとしての仕事について紹介します!

Carleton College は Term制で、秋学期、冬学期、春学期に分かれています。その学期、どの教授のもとでアシスタントをするかによって仕事内容は変わってきますが、私の秋学期の仕事は主にクラス外でのアクティビティ活動が多かったです。日本の映画の時間、お茶の時間、Radio Show、Language Table と Office hoursです。この他、漢字クイズの採点や授業のサポート、生徒と会話練習、1学期に一度程度で生徒と日本料理をつくるというイベント等があります。生徒は宿題等で忙しく、このようなアクティビティに頻繁に参加することが難しいこともあるようですが、生徒が日本語や日本の文化に興味を持ってくれるのはとても嬉しいことです。この他に、私は政治学の「民族紛争」の授業をとっていました。アメリカの大学はリーディングがたくさんあると聞いていましたが、本当にリーディングの量が多く、授業を一つしかとっていなくても読み終えるのが大変な程でした。大変なのはリーディングだけではありません!授業中にあるディスカッション、色々なエッセイ (文献レビューやdata analysis, group paper, final paper) や、Group project もあり、授業についていくので精一杯で、自分の英語力の低さを実感しました。そのため、授業の教授や、同じグループの友達にはとても迷惑をかけてしまったと思っています。しかし、Group project はとてもやりがいのあるものでした。5人で一つのトピックについて1学期を通して研究し、最後にプレゼンテーションとグループペーパーを作成します。グループメンバーは私がLAだからとか英語が流暢じゃないからといって特別扱いせず、一人のメンバーとして、他のメンバーと同じタスクを私にも分担してくれました。もちろんたくさん助けてもらいましたが・・・。最初はミーティングさえ苦痛でしたが、みんなと一緒に課題を終わらせ、次のステップに進んで行けたのが、とても嬉しく、達成感のあるものでした。なかなか話し合いに入って行くのは難しいものでしたが、自分の意見が採用されたときの嬉しさは今でも覚えています。アメリカの学生とそのようなグループワークができたことはとても良い体験だったと思っています。冬学期はもっと充実した学期にしたいと思っています。  

最近は毎日、本当に時間が経つのが早い・・・と実感しています。 まだまだ先だと思っていたMid Term conferenceが終わり、冬休みが終わりました。Conferenceはとても素敵な思い出になりました。世界中のFLTAが集まり、一緒に食事をしたり、同じ時間を共有したり、お互いの文化について紹介したり学んだり、そして一緒に踊ったりした時間は本当にかけがえのないものです。日本のFLTAとしてタレントショーに参加したもの、とても素敵な経験でした。深夜2時位まで練習して、その後3時過ぎくらいまで話し込み、次の日全身が痛くなったことも今では大切な思い出です。  

他の国のことを理解するためには、やはりその国の人と話して、友達になるのが不可欠だと思いました。今まで生きてきた中でたくさんのステレオタイプなどがありましたが、今までの出会いの中で、たくさんの国の人と出会って、その人たちのことが好きになって、そしてもっとその国、人々について知りたいと思うようになりました。  残りのかけがえのない時間で、もっといろいろなことを経験して、成長して、学んで、それを将来の自分のため、そして人のためにいかすことのできるように、冬学期も全力で毎日を過ごしたいと思います。このような素晴しい機会を与えてくださり、そして支えてくださっている皆さんに心から感謝しています。ありがとうございます!

長又 みらの ---Spelman College

中間レポート
  私が派遣された大学は、ジョージア州アトランタにある、Spelman Collegeという黒人女子大学です。もちろん、黒人大学ですから、黒人しかいないと分かっていましたが、いざ行ってみると、やはり想像以上の驚きがありました。自分一人だけがアジア人であって、自分が、ここでは「外国人」であるという現実を実感しました。他の一般の大学では、アジア人、白人の学生などがいるので、多様性があるのと思うのですが、ここではその多様性はありません。なので、特殊な環境に慣れるのに少し時間はかかりました。もちろん、今ではすっかり慣れました。

 私は、初歩レベルのクラスをインストラクターとして受け持つことになりました。私の派遣されている大学は女子大学ですが、ここでは、すぐ隣にある他の黒人大学と提携していて、生徒がお互いの大学間で授業を取れるので、私の生徒には男の子もいます。男女合わせて25名の生徒を秋学期では教えることになりました。これも分かっていたことなのですが、やはりアメリカと日本では、学生の授業を受ける姿勢が違います。日本人の学生が比較的受動的なのに対して、こちらの学生はとても能動的です。質問をよくしてきます。たまに質問が続いて、授業が進まなかったことが多かったです。それは、良いことなのですが、折り合いをつけないと、本当に授業が進みません。また、ただ文法事項を述べるだけでは、彼らは飽きてしまうので、パワーポイントでイラストやアニメーションを使って少しでも彼らの注意を引けるように心がけました。最初こそは、緊張して上手くしゃべれず、思うように授業を展開できませんでしたが、時が進むにつれ緊張もとれ、スムーズに授業を展開できるようになりました。   

アクティビティーをしては、折り紙をしたり、浴衣を実際に着て和服についてのプレゼンテーションをしたり、「だるまさんがころんだ」などのゲームをしたりしました。折り紙など、自分が実際やってみることのできる活動だと、盛り上がります。こういう日本の文化を紹介するアクティビティーをして、それを生徒が真剣に取り組み、楽しんでいる姿を見るのはとても嬉しいことですし、やりがいを感じます。  大学の授業ですが、ちゃんと授業に出て、教授の話をよく聞き、ノートちゃんと取っておけば問題ないと思います。分からなければ、教わっている教授に質問すればとても親切に教えてくださいます。勉強する時間もちゃんと確保できると思います。   

12月のワシントンDCでのコンフェレンスですが、とてもよい経験ができました。まず、夏のオリエンテーションで知り合った他のFLTAたちとの再会がなによりも嬉しかったです。お互いの経験や知恵を共有することができました。コンフェレンスでは、たくさん講義があり、正直疲れますが、これから役立つような知識を与えてくれので、とても有意義なものでした。私たち日本人は前年度に続いて、パフォーマンスをすることになりました。AKB48とソーラン節を混ぜて、若者文化と伝統文化両方を紹介することにしました。最初こそは、戸惑いもありましたが、自国文化を紹介することが自分たちの使命だと認識して、みんなで精いっぱいがんばりました。結果として、なかなかの好評価を周りから頂きました。   

今、中間ポイントを過ぎたところです。分からないことばかりで、もがきながらここまでやってきました。来学期は、今までのこの経験とコンフェレンスで得た知識を活かして、よりよい授業展開をしたいと思います。そして、もっと文化を紹介する活動や生徒との交流を増やしたいと思っています。   

西城 恵子 ---University of Scranton

中間レポート
  私はペンシルバニアのスクラントン大学で、初級と中級の日本語を教えています。スクラントンは自然に囲まれた田舎町です。あちこちにリスがいてキャンパスを歩くのは一日の楽しみの一つです。8月の終わりにスクラントンにやってきたのがつい最近のことのように思い出されます。私にとってすべてが新しい経験で、この数ヶ月はあっという間に過ぎていきました。

  教えている学生 の数は13人です。みんな個性的で素直で、優しい学生です。週3回の授業の準備は私の想像以上に大変なものでした。学期の開始当初は授業の進め方がわからず、あれもこれもと焦るばかりでした。一日一日「今日も何とかやり終えた」というぎりぎりの生活で、これから一年やっていけるのかと不安でいっぱいでした。  

学生のために最大限のことをしてあげたいと思えば思うほど、授業の準備に時間をかけすぎて精神的にも肉体的にも困憊し、まわりが見えなくなっていたことがあります。そんなときでも頑張れたのは、まわりに私を支えてくれる人がいてくれたからです。ハウスメートやオフィスをシェアしている先生たちが、いつも相談にのってくれました。一度スペイン語の先生が「もっと自分自身楽しむことも大切だよ」とアドバイスをしてくれました。ごく簡単なことを言われただけなのに、当時の私の気持ちにその言葉がすっと入ってきました。教師として生徒のために精一杯努力することと同時に、もっとまわりを見渡して生活を楽しむこと、自分自身を豊かにしていくことの大事さに気づいた瞬間でした。  

今学期の思い出は、学生と一緒に日本食を作ったことです。スクラントンのスーパーにはあまり日本の食材が売っていないため作られるものはかぎられてしまいますが、和風サラダ、鍋、オムライス、鶏肉のてりやきや味噌汁など10品以上を作りました。一緒に料理をすることで学生同士の仲もよくなり、私も学生を授業以外で知ることができました。作った料理はどれも好評で、みんな「おいしいです!」といって食べてくれます。時々授業にもおにぎりや卵焼きなどを作って持っていきます。卵焼きを作ったときは、学生が私のオフィスに卵焼きのレシピをわざわざ聞きに来てくれたこともありました。日本料理のおいしさを遠く離れたアメリカの小さな町でもわかってくれる人がいるのは、日本人として本当に嬉しいことです。  

日本語の学生の数は少ないですが、みんな熱意をもって勉強してくれています。チャプターごとに行われるテストの前日は、学生自ら勉強会を開きテスト勉強をします。授業ではカバーできない個人の問題をここで解決している学生も多く、こういうところでひっかかっているんだと普段気づけない発見もできて私にとってもいい学びの場です。 日本語の勉強から脱線して盛り上がることも多々ありますが、日本語を通して学生同士が仲良くなる姿を見れるのはとても嬉しいです。同じ目標をもって勉強できる相手がいるのは一生のうちに数あることではありません。まさに学生生活の醍醐味です。そんなかけがえのない瞬間に私も立ちえること、こんなに素敵な学生に出会えたこと、この勉強会に参加すると改めてさまざまなことに感謝の気持ちが生まれてきます。もっと日本語を上手になってほしい、学生のためにもっと私も頑張ろうというエネルギーが沸き起こります。  

秋学期は幼児教育と外国語教授法の授業を取りました。幼児教育の授業では、先生がケニヤ出身だったためアメリカだけでなくアフリカの幼児教育についても学ぶことができました。この授業で学んだことは、教育における多様性の大切さです。アメリカは日本以上に多種多様な宗教や民族、人種や文化を持った人々が共に生活をしています。ひとつの国にいながらさまざまな国の文化を知ることができるのは、アメリカならではの体験です。 人種や宗教など日本とは異なる問題があるからこそ、人との違いを認識し認め合う多様性への教育がさらに重要なのだと感じました。  

スクラントン大学では年に2回、外国語の先生が自分の国の文化を紹介する「TA TALK」があります。市内の学校の先生など、多くの人々かプレゼンテーションを聞きに来ます。今回はアルゼンチン、フランス、台湾、日本の四カ国のプレゼンテーションが行われ、私は着物を着て日本文化を紹介しました。当日は着物の着付けに四苦八苦し、着物に締め付けられるのと緊張で心からTA TALKを楽しむ余裕はありませんでしたが、日本人が気にしないようなことにアメリカ人が興味を持っていることを知り、私自身改めて日本を見つめ直すきっかけとなりました。「日本語はひらがな、カタカナ、漢字と三つも違う書き方があるなんで、すごいね。どうやってそんなに覚えられるの?」と驚かれることがよくあります。日本では、そんなことあまり気にしていませんでした。日々、日本語の不思議やおもしろさを発見しています。  

スクラントンでの生活も残り四ヶ月となりました。8月の渡米当初から、日本に帰ることを考えてはすでに寂しくなっていたのですが、この気持ちは今も変わっていません。ひとつ問題があるとすれば、食事のコントロールが難しいことです。大学の食事は食べ放題なので、ついつい食べ過ぎてしまいます。毎日アイスクリームを食べているのでビール腹ならぬ、アイスクリーム腹ができてしましました。ホームシックになる暇がないほど忙しい毎日ですが、新鮮なスクラントンでの生活をこれ以上ないくらいに楽しんでいます。

赤松 茉依 ---St Olaf College

中間レポート
  2011年の8月27日にFLTAとして渡米しました。私は『日本以外の国で日本のことを伝えられる人になりたい、日本を客観的にみたい』という思いでこのプログラムに応募しました。このプログラムに合格することは念願で、決して簡単ではありませんでした。なので、派遣されることが決まったときはすごく感動しました。派遣先がミネソタ州ということを聞いてさらにうれしくなりました。ミネソタ州のことは前から知っていましたし、すごく平和で安全ないいイメージを持っていたからです。渡米して5ヶ月が経ちましたが、アメリカでの生活や仕事は予想していたものとは全く違いました。

今まで留学経験がありませんでしたが、渡米前は自分は絶対にホームシックにはならないタイプだろうと思っていました。しかし、実際にミネソタでの生活が始まるとはじめの2、3ヶ月はすべてが不便で、なにもかもがスムーズにいかず外国で生活をするってこんなに大変なのかと思い知らされました。一番感じたのは、日本がいかに安全で住みやすいかということです。今自分がいるのが『日本ではない』ということが不安で、何をするのにも時間がかかりました。こんな不安だらけのスタートでしたが、学期が始まると日々仕事や授業に追われてホームシックになる時間もありませんでした。

私の生徒としての生活ですが、なるべくアメリカの観点から日本や世界を見たいと思い、1学期には国際関係学とアメリカ政治学をとっていました。私の派遣先のセントオラフ大学は、地元から来ている生徒が多く、留学生が本当に少ないので私がとった授業のほとんどが私を除いて全員アメリカ人でした。国際関係学の授業では、講義というよりも毎回ワークショップがあり、与えられたリーディングから課題を各自で取り組み、それをクラスでディベートするという内容でした。はじめは、生徒が何を言っているのか全くわからなくてリスニングに苦労しました。日本で聞いていた英語と、本場のアメリカで聞く英語は全く違いました。授業を本当に理解したいのに聞こえないというつらさを経験し、とても悔しい思いをしました。アメリカに来て、一ヶ月くらい経ったころ、英語が英語に聞こえなくなり、体が英語を拒否していた時期もありました。聞こえなかったところを補うために、授業前や授業後はクラスメートと一緒に勉強し、わからなかったところを教えてもらい授業に備えました。また、リーディングも予想通り毎日大変でした。はじめは、量をこなすことで必死でしたが、不思議と時間が経つごとに慣れていきました。

日本語の助手としての仕事ですが、私が渡米前にイメージしていた助手の仕事とは少し違いました。私は、毎週月曜日に日本語の会話テーブル、チューターやインタビューを週11時間(1年生から4年生まで)、日本語ラボのクラスが週4時間(1年生と2年生)、日本語の授業見学が週2時間です。まず、会話テーブルですが毎週日本に関するトピックについて夕食を食べながら話したり、日本語でのゲームや文化紹介などをします。セントオラフ大学の日本語の学生は本当にモチベーションが高いので会話テーブルの間は基本的には日本語しか話しません。毎週20人〜多くて4、50人の生徒が会話テーブルに来ます。日本語を始めたばかりの1年生〜ペラペラの4年生まで会話テーブルに参加しますが、4年生がリーダーとなり会話を進めたり、一年生に新しい表現を教えることでランダムな仲、交流をもち楽しくやっています。

     チューターやインタビューでは主に日本文化について2〜3人ずつの学生と話します。例えば、高校時代の部活の先輩・後輩の上下関係、日本の宗教、日本の休暇、学校のいじめ問題などアメリカにはない日本の文化について学生が質問し私が答えます。また、学生も自分の国のことについて日本語で話します。日本文化を伝えると同時に他の国の文化のこともたくさん知ることができる貴重な時間です。

ラボでは主に、普段の日本語の授業で学んだことを『実際に使う』という意味でドリルや会話の練習をします。毎回教案を書いて、インストラクターの先生に提出し、フィードバックをもらった後授業をします。授業が終わったら、ミーティングをし改善点などについて話し合います。この経験は、言語を教えるという意味では、日本で英語を教えることと共通することばかりで、毎回学ぶことが多いです。日本語を教えるという点では、『文化を教える』ということに苦労しています。特に日本へ行ったことがない生徒に日本文化を話すときは、いかに彼らが持っているステレオタイプを壊すかということに気をつけています。例えば『日本人はほぼ毎日すしを食べる』と思っている生徒も少なくありません。そういうステレオタイプを破るのが私の仕事だと、インストラクターの先生に言われました。こういう面で今まで持ったことのない視点で『文化を教える』ということに関しては苦労しています。自分の一言がいかに生徒の持っている日本のイメージに影響を与えるかということを日々感じます。後半も、生徒が日本へ行ったときに、できるだけギャップが少なくなるように日本文化を伝えていきたいと思っています。また、前半は授業を終えるだけでいっぱいいっぱいの部分があったので、後半はもう少し余裕をもって毎回の授業が同じにならないように新しいことに挑戦したいです。

最後に、今アメリカにきて5ヶ月ですが、アメリカに来てから目標としてきた『日本のことをアメリカで伝える』ということと、『日本を客観的に見る』という点では、かなり充実しています。いい意味でも悪い意味でも、日本がアメリカからどういう風に見えているかがすごくよくわかります。例えば携帯電話の触り方ですら、『日本人らしいソフトタッチ』といわれたり、宿題をまじめにしていると『日本人だから』といわれたり、鳥の話をしていると『日本の鳥も礼儀正しいの?』といわれたりします。一方で、日本の文化のほめられたり、国民性が好きだといわれたり、この5ヶ月の間でも日本のいい面、悪い面がたくさん見えました。残り4ヶ月ですが、目標は失敗を恐れずに新しいことに挑戦したいと思っています。今まで以上に日本語の生徒から学ぶこと、語学の教授法としてインストラクターの先生方から学ぶこと、自分の履修しているクラスから学ぶことを楽しみながら頑張りたいと思います。

郡司 菜津美 ---U of Central Florida

中間レポート
  私はフロリダ州オーランドにあるセントラルフロリダ大学(University of Central Florida,以下UCF)のBurnett Honors Collegeというところで働いています。この大学は春・夏・秋学期の3期制で,私は秋学期と春学期を担当させていただきました。生徒の数は5万人を超え,アメリカで2番目に大きな大学とだけあって,キャンパスもとても広いです。バスが構内を走り回ってはいるものの,基本的にどこへ行くにも車が必要で,公共交通機関は飛行機くらい,といっても過言ではないと思います。ただ,Carpoolの文化があるので,友達さえ作ってしまえば何の問題もありません。オーランドは一年中暖かく,クリスマスも新年も薄着で過ごせるほどの気候で,夏は夕立にほぼ毎日襲われますが,日本のような蒸し暑さとは異なり,とても過ごしやすい土地柄だと思います。

 本レポートでは,授業面,生活面の2点から私の生活を報告させていただきます。

まず,授業面についてのお話をさせていただきます。今だからお話できることですが,アメリカに来る前,私は「アシスタント」として授業をすると思っていました。日本で行われたオリエンテーションで配布された資料にそう記載されていたからです。しかし実際には,全くその状況が異なりました。渡米後のオリエンテーションも終え,さぁ私はどんな人の下で働くのだろうとわくわくしていたら,「あなたの授業は2つありますからね」とポンと教科書だけ渡されたのです。確か授業開始の3日前くらいだったと思います。少し表現は大袈裟かもしれませんが,当時の私の周りには指導してくれる先生も,相談する日本人も誰もいなかったので,期待に膨らむ9ヶ月のアメリカ生活から,一瞬で絶望のどん底に突き落とされたようなそんな気持ちでした。「え,どうやって授業すればいいの?」それが私のFLTAとしてのスタートでした。  

結局私はクラスを3つ担当し,毎日授業をすることになりました。しかも,「日本語と日本文化」という何とも曖昧なコースタイトルで,生徒のレベルも,生徒によって求められていることもバラバラで,どのように授業を進めていけばいいのかわからず,毎日手探りの状態でした。ただ,いつも思っていたことは「日本人が授業をするのだから,私にしかできない授業にしよう」ということでした。実際にネイティブの先生の授業は他にもありましたし,生徒の中にはベテランの先生の「日本語」の授業をとっている子もいました。だからこそ,日本文化の中で育ってきた日本人として,25歳の等身大の自分ができることを生徒に伝えよう,「郡司菜津美」の授業をすればいいのだ。いつの間にかそんな風に考えていたと思います。  

今振り返ると,統一感のない授業だったかもしれません。「日本語」の授業としては最悪だったかもしれませんが,毎回笑顔の絶えない授業にしてきたつもりです。おにぎりやお寿司を作って食べたり,折り紙,だるまさんが転んだ,ポコペンなど子どもたちの遊び,ドラえもんや宮崎アニメの鑑賞,大富豪や一休さんなどトランプゲームをしたりすることもありました。キャバクラやホスト,大学生の飲み会文化の紹介をしたり,日本に滞在経験のある生徒が写真を使って「日本紹介」をしたりすることもありました。気付くとあっという間に4ヶ月経っていたように思います。当初は「どうしよう,うまくやっていけるのだろうか」と不安だったスーパーバイザーの方も,実際にはとても協力的で,私のやりたいことを何でもきいてくれましたし,とても親切な方でした。ちなみに,私のクラスは単位のないクラスだったので,成績をつける必要がなく,テストもほとんどやりませんでした。大学生活で単位の出ない授業に毎回出席するなど,私だったら考えられなかったので「せっかく私の授業をとってくれたのだ。生徒に何かお礼がしたい。」と,授業の最後に,クラスの授業風景を撮りためた写真やビデオから,ムービーを作成してプレゼントしました。写真は,そのムービーの一部です。  

一番右上が私です。会話クラスでは日本語で映画を撮影したのですが,生徒の提案で私も出演することになりました。左隣に写っている男子生徒と実は生き別れの双子だったという設定で,双子の証拠として星のあざを腕に書いた時の写真です。学生たちは本当に日本が大好きで,私が秋学期に無事にクラスを終えることが出来たのは彼らのおかげだったと本当に強く思います。  

次に,生活面についてのお話をさせていただきます。私は大学構内にある1年生のための寮に住んでいます。そこは授業をする教室まで5分足らず,ととても便利な場所にあり,開講中は特に不自由することはありません。冬休み中は寮をでなければならず「どこで寝泊りすればいいんだろう」と不安になることもありましたが,実際には旅行に行ったり友人の家に泊めてもらったりと1ヶ月間気ままに過ごすことができました。というのも,本来はスーパーバイザーの家に滞在させてもらえたので,当初から住居に関しての心配をする必要はなかったのですが,1ヶ月間他人の家にお邪魔するのは肩身が狭い思いをするだろうと思っていたので。また,構内にはファストフードの店舗がたくさんあり,歩いて15分程度の場所に24時間営業のスーパーもあるので,食に関して困ったことはありません。寮にはキッチンもあるので,毎日料理をすれば高カロリーの食事も避けることができます。ただ,私はオーランドの水道水の匂いに慣れるまで時間がかかり,入寮して1ヶ月後には蛇口にフィルターを取り付けるまでに至りました。毎日の生活に欠かせない「水」だったので,その貴重さに改めて気づかされた経験だったと思います。 オーランドでの生活を始めて驚いたのは,どの場所も24時間冷房のスイッチが入れっぱなしであるということでした。渡米時期が夏だったこともありますが,私の寮は本レポートを執筆中の1月現在も24時間冷房のスイッチが入ったままです。入寮当時,真夏であったにも関わらずあまりの寒さに布団を頭からかぶって寝たこともありました。厚手の上着を1枚しか持っていなかったので,友達に頼んで車を出してもらい洋服を買いに行きましたが,服の安さに驚いたことも忘れられません。渡米前から「現地で買い物するんだ」と決めていたので,渡米してからの買い物はひとつの楽しみになったと思います。  

私はUCFで初めてのFLTAということもあり,1年生の寮生活をサポートするアシスタントの大学3年生2名と一緒に住んでいます。彼女たちはとても活発な子で,出会ってからすぐにディズニーやユニバーサルなどのテーマパーク,繁華街のクラブや地元のバー,カヤックやロッククライミングといったスポーツなど,とにかくたくさんの「アメリカ経験」に連れ出してくれました。現地の学生の視点でアメリカ文化を直接体験できるとは思ってもいなかったので,本当に貴重な経験をさせていただいていると毎日実感しています。同じ大学にFLTAの仲間がいないのはとても寂しいですが,この大学でFLTAとして働かせていただけて本当に感謝しています。    

最後になりますが,こうして素晴らしい毎日を過ごせるのは日米教育委員会やIIE,UCFのスタッフをはじめとして私をサポートしてくれる全ての方々のご尽力のおかげであることは言うまでもありません。この場をお借りして感謝を申し上げます。本当にありがとうございます。  FLTAとして経験させていただいている全てのことをレポートすれば,おそらく1本の論文が出来上がることでしょう。それだけでは足りないかもしれません。それほどまでに濃密で素晴らしい瞬間を積み重ねているということを本レポートの最後に一言述べさせていただきます。心より感謝申し上げます。

田村 光生 ---Rampo Coll of New Jersey

中間レポート
  気がついたらもう折り返し地点に来てしまっている。このレポートを書こうとして、8月末に渡米してから1月までのことを思い返したとときに、時間の流れの速さを改めて実感しました。それだけFLTAとしての生活が充実していたのだと思います。  私が派遣されているのは、Ramapo college of New Jerseyというところで、バスを使えば、キャンパスからは1時間ちょっとでニューヨーク市に行くことができる位置にあります。

今住んでいるところは、キャンパス内にあるVisiting Scholar's house というところで、私の他には、パレスチナから来たFLTAとイタリア語の講師がおり、食事を一緒に作ったり、くだらないことから真面目なことまでいろいろな話をしたりして和気あいあいと暮らしています。この3人以外にも、海外の大学から先生方がいらして、1週間、ないし1ヶ月程度滞在することがあり、そうした折には、いろいろな話をうかがうことができます。こうした出会いはとても貴重な経験になっています。

Rapamo college では、教師として学生に日本語を教えたり、学生としてクラスを受講したりしていますが、私に与えられた身分は、adjunct professorで、学生として勉強するというよりも教師として仕事をする比重のほうが高いように思います。週2回、日本語の初級クラスを担当していますが、日本語を教えた経験もないうえに、私がこの大学で唯一の日本語教師なので、秋学期が始まった当初は、授業の準備にかなりの時間がかるなど、苦労することも多々ありました。けれども、だんだんと慣れてきて、今では楽しみながら日本語の授業をしています。

 日本語は母語なのだから、教えるのは簡単だろうと思っていたのですが、想像していたよりもずっと大変でした。外国語としての日本語を教授する際に使用されている文法は、私たちが学校で習った国文法と全く異なっています。教えるべきことをまずは自分でしっかり飲み込んで、学生に説明したり、質問に答えたりしなければならないのですが、日本語文法を理解するのにも一苦労です。  

よく言われているように、アメリカの学生は、もちろん個人差はありますが、授業中に積極的に質問をしますし、なかなか鋭いことを聞いてきます。「ず」と「づ」はどうやって使い分けるのかという質問をされたことがあるのですが、その場で完全な回答をすることができずに、後日説明したということもありました。こうした質問によって、自分がどれだけ日本語の知識がないのかということに気付かされ、ただ日本語が使えるというだけでは、日本語教師としては不十分だということを思い知らされます。  

余談ですが、秋学期の授業でいちばんおもしろいなと思ったのは、日本語の「マクドナルド」をしっかり発音できない学生が多かったことです。英語訛りが抜けないのです(もともと英語なのだから訛りというのは変ですが)。どうしても "McDonald" になってしまうんですね。それじゃあ日本人に通じないからと言って、学生たちには繰り返し練習してもらいました。その甲斐があってか、学期の終わりにはかなり上手に「マクドナルド」と発音できるようになっていました。このように、日本語を教えることで学ぶことは多いですし、時折、学生から英語やアメリカ文化について教えてもらうこともあり、日本語の授業を通して自分自身も成長し続けています。  

また、日本語クラスの学生たちを私の住んでいるVisiting Scholar's houseに招いて、食事会を開き、日本の食べ物を体験してもらっています。テキストにとんかつが出てきた後には、一緒にとんかつを作って食べたり、日本の映画を見たりするなどして、日本文化について学んでもらっています。  

また、他の国のFLTAたちとの出会いは、FLTAプログラムの魅力のひとつだと言えます。このプログラムに参加してからこれまでに、本当に数え切れないほどの人たちと知り合うことができました。Ramapo Collegeに派遣される前の8月末にペンシルバニアで事前のオリエンテーションが行われたのですが、そこで様々な国のFLTAたちと交流を持つことができ、多文化に対する興味を抱くきっかけになりました。そして、アメリカ中に散っているFLTAが一堂に会した12月末のコンファレンス では、夏に知り合った仲間たちと再会の喜びを分かち合い、アメリカでのそれぞれの経験を共有しました。さらに、ここでは新たに多くのFLTAを知り、多文化への視野がさらに広がったように思います。  

このコンファレンスの最終日の夜に、審査を通った15カ国のFLTAたちが、それぞれの国の踊り等の文化を紹介するTalent showというイベントがあったのですが、私を含めた6人の日本のFLTAは、AKB48のダンスとソーラン節を披露しました。私たちは、どの国の発表者たちよりも熱心に練習に取り組んでいたはずです。コンファレンスの期間中は毎晩集まり、発表前日は夜中の2時過ぎまで、ああだこうだと意見を出し合いながら、ダンスを仕上げていきました。かなり力を入れたおかげもあってか、Talent showの後に、多くの人たちから、「日本がいちばんだった」という賞賛の言葉をもらうことができました。  

これらの他にも、いろいろなイベントや活動にも参加し、アメリカ文化を体験し、学んでいます。Thanksgiving のときには、ペンシルバニアの家庭に4日間ホームステイをさせていただきました。ホストファミリーの方々が、私をいろいろなところに連れて行ってくださり、いわゆるブラックフライデーも経験することができました。一般家庭にお世話になるのは初めてでしたが、本当の家族のように扱っていただき、ホストファミリーにはとても感謝しています。  

また、ニューヨーク市の小学生に日本の文化と伝統的な遊びを教えたことも、良い経験になりました。もちろん、彼らは日本について詳しいわけではなかったのですが、Sushiやアニメには慣れ親しんでいるようです。とくにアニメに関しては、私の知らないようなものも知っており、日本のアニメが予想以上に親しまれていることに驚かされました。  

渡米してほぼ5ヶ月。これまでにこの国で経験したことは、すべてかけがえのないものですし、大きな財産になっています。そして、これからここで経験していくことも、私の今後の人生にとって、大切な時間になっていくのだと確信しています。あと4ヶ月。残された時間をできる限り実りのあるものにしていきます。