フルブライトストーリー

No.53 マーティン・リーガン

作品特集のリハの場面

自然の響き——音楽で国境と文化の壁を越える

邦楽ジャーナル2023年8月 Vol.439
East Asia Pacific Regional Travel Program を利用してシドニー大学にて講義

マーティン・リーガン博士は Texas A&M University, School of Performance, Visualization and Fine Art の Professor を務めている。2022年にフルブライト奨学金の講師・研究員プログラムで来日し、川崎市の洗足学園音楽大学で講義と実地調査を行った。京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センターでもお世話になり、大阪大学箕面キャンパスでは外国人教師として教鞭をとった。

フルブライト・プログラムについて知ったのは、博士課程時の指導教官であるとともに、作曲の手解きを受けたメンターであり、2007-08年にフルブライターとして来日したドナルド・ウォマック博士からだった。リーガン博士は2022年初めに所属大学からファカルティ・ディベロップメント休暇を与えられ、日本で講義することを心待ちにしていた。「フルブライト・プログラムに参加する3年前から、どのタイミングで日本へ行き、どのような活動をしようか考え始めていました」と言う。

日本滞在中は、講義と実地調査と作曲活動に加えて『Soundscape of Japan: From Past to the Present』という研究論文を執筆した。「実地調査では、日本の伝統音楽や現代音楽、演劇のイベントに行く、現役の演奏家にインタビューする、所属する日本伝統音楽研究センターのある京都に月に一度足を運ぶといった活動をしました」

教育と研究の両立を可能にするという点で、フルブライト・プログラムは他にはない価値があったと感じている。「フルブライト・プログラムの最大の魅力のひとつとして、教育と研究を同時に行えることがあります。大学に所属し、教える立場になることで、コミュニティの一員とみなされやすくなるような気がします」と説明する。「教えることで、そのコミュニティに恩返しができるし、周りの人たちも私がコミュニティの一員であると感じることができます」

リーガン博士は教授として学生に教えるだけでなく、自身も尺八を演奏する。尺八を手にした姿が邦楽で有名な『邦楽ジャーナル』に取り上げられた。「日本人ではない私が『邦楽ジャーナル』の表紙を飾ることができたのは、本当に名誉なことでした」と言う。

日本での大切な思い出のひとつに、北海道・釧路への旅行がある。冬の釧路湿原国立公園を訪れ、幸運と長寿の象徴とされるタンチョウヅルを目撃したことを懐かしく思い出す。

「日本の音楽には、自然と強く結びついている一面があります。『鶴の巣籠』という尺八古典本曲は、ツルの鳴き声を模しています。釧路へ行ったのは、ツルの鳴き声を実際に聞いて、録音するためでした」。この経験は、日本の音楽への理解をより深める契機となった。この経験により、日本の音楽に対する博士のとらえ方は大きな影響を受けた。「今では学生に教えるときに、日本の音楽がいかに自然と深くつながっているかを、抽象的な方法ではなく、実際にやってみせることができます」

日本語が堪能であったことは自身の経験をより豊かにしたと考えている。将来のフルブライターに「できるだけ早く日本語の勉強を始める方がいいでしょう。言葉のストレスがなくなれば、日本での生活や、研究に集中することがとても容易になります」とアドバイスする。

Texas A&M University に戻ってからも、日本で一緒に働いた仲間と定期的に連絡を取り合っている。「昨年培った人間関係のおかげで、今でも作曲の依頼があります。今は、茶道を確立した千利休の生涯を題材にした曲を作っているところです」

現在は、2025年4月にテキサスで開催される「ワールド尺八フェスティバル」の企画立案の真っ最中だ。