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フルブライト語学アシスタントプログラム(FLTA)

2018年度 参加者レポート

2018年度参加者 
1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14 

1. 八海洋太 Ursinus College, Collegeville, PA

中間レポート


アーサイナス大学のシンボル熊の像にて
スペイン語とフランス語のTAとの写真
 フィラデルフィア中心部からバスと電車を乗り継いで50分のところに位置するアーサイナス大学に派遣されている八海と申します。1500人という小さな大学で1年生25人、2年生7人、3年生3人、4年生4人に日本語をTAとして教えています。

TAの仕事
 1つは、普段の授業のサポートです。ペアの足りないところに入ったり、オーラルインタビューのお手伝いをしたりします。日本語の先生は本当にコミュニケーションとしての言語を教える達人だなと日々感じているので、第二言語指導を学ぶという点で本当にアーサイナス大学は来るべき大学だと思っています。今後そういった方針で英語教育をよくしていきたいと思っている人はぜひ応募してほしいです。2つ目は、復習授業です。週に通常の授業が4日分あり、残りの水曜日に1週間にやった分の復習の授業を一人で行います。授業のやる内容は復習なので決まっていますが、それをもとに自分で授業をしていきます。3つ目は、チューターとしての仕事です。授業に遅れてしまった学生のサポートです。週に1度1時間から2時間ほどマンツーマンで授業の補習を行います。テスト前などは週に2度行ったりもします。僅かな額ではありますが時給も発生します。4つ目は、日本語テーブルの運営です。水曜日の18:00から19:00まで、日本語をとっている学生や日本語に興味のある学生と夕ご飯を食べながら、日本語をはなしたり日本の文化について話をしたりします。他の言語テーブルに比べ、日本の言語や文化に興味を持ってくれている学生も多く毎週大変賑わっています。5つ目は、生徒主体で運営しているジャパンクラブのイベントへの参加です。決して自ら運営するわけではありませんが、基本毎週木曜日に、日本文化にまつわるゲームやイベントを学生みんなでします。希望があれば比較的予算もおりやすいので、自分かが伝えたい文化紹介イベントも自ら企画できます。私はラーメン二郎好きなジロリアンなため、ラーメン二郎にインスパイアされたラーメンを学生50人ほどに振る舞う二郎イベントも行いました。来学期もいくつかのイベントを提案していきたいと思います。


派遣先大学への派遣前オリエンテーションにて
文化交流イベント
授業
 授業はEducation InnovationとJapanese animeという授業を前期は取りました。どちらの授業も20人以下の人数で構成されています。正直、授業の種類はたくさんあり、ここで私が話してもあまり参考にならないと思うので、アーサイナス大学での授業全般について話をします。まずほぼすべての授業で、毎回文献を読み、それに関連するペーパーを書くことになります。IELTS6.5以上の力があれば、そのペースについて行くことはできると思います。フルブライトの規定で、仕事に関わることは20時間以内と決められているので時間は十分にとれます。また成績のつけ方で感じている印象として、自らの考えた過程を評価するという方針が私や同僚のとった授業で共通しているなと感じています。なので、正直言って成績は甘いと感じるかもしれませんが、教育が生徒に対し一番評価をしてあげるべき観点だなあと日々実感しています。

 アーサイナス大学では普段の生活を通じて日本文化や言語を伝えていくことが要求されているため、学生と同じ寮に暮らします。部屋は自分1人の部屋がちゃんとあります。寮は大学から徒歩1分のところに立地しているので、毎朝非常に助かっています。寮に関して伝えたいことは3点あります。1つは、学生が集まる共有スペースについてです。ここでは、みんなで話をしたり、キッチンで作ったご飯をみんなで食べたり、勉強したりします。日本に興味を持っている学生も多く、彼らと話をしたり、自らが取っている授業について(特に英語について)質問したりしてみんなで時間を過ごします。2つ目は、定期的に開催されるインターナショナルイベントについてです。自分自身は寿司を200貫握ったり、たい焼きの機械を買ってみんなに振る舞いました。同僚のフランス語のTAはフランスのクレープを振る舞っていました。3つ目は、生活に必要なモノコトへのアクセスについてです。スーパー、美容院、薬局、バー、レストランなどはすべて徒歩圏内に位置しています。大きなスーパーや家具をそろえたりする場合でも、バスやウーバーで10分程度でアクセスできます。ただ、フィラデルフィアの中心地で観光やショッピングをする場合はバスと電車を乗り継いで、50分ほどになります。学生は大体車を持っているので、おいしいレストランや徒歩ではアクセスできない場所に向かう場合は彼らが連れてってくれるのもアーサイナスの日常です。

その他
 毎食の食事、寮、渡航費はすべて大学とフルブライトで負担になり、それプラスで毎月550ドル支給されるので、かなり金銭的には余裕があると思います。そのため、残ったお金でアメリカ中を旅行することができます。秋休み(1週間)、冬休み(50日)、サンクスギビングブレイク(1週間)、春休み(1週間)あるので、アメリカでの時間を有意義に使ってもらえると思います。

2. 早川裕 Georgia Southern University, Statesboro, GA

中間レポート


派遣先大学について
 ジョージア・サザン大学(以下GSU)はサバンナ空港から約1時間、州都アトランタからは約4時間離れたところにあります。ステーツボロ市にあり、典型的な学園都市で、市の大半は大学生で占められています。公共交通機関については皆無ですが、平日のみ運行のスクールバスや、友人や先生方の車移動など交通手段は最低限確保できます。自転車を買ったり借りたりすると個人の行動範囲は広がるでしょう。

現地の生活
 -普段の生活:平日は毎日大学に行くようにしました。仕事や授業がない日でもスケジュールの異なる同僚や上司とコミュニケーションをとり情報を交換するためです。本校は一部のアパートのみスクールバスが運行しているため、私の場合は朝それを利用して大学に行き、夕方か夜には帰宅する毎日です。私は週末に友人か知り合いに食材の買い出しに同行させてもらいました。1週間~2週間分の食材をまとめ買いし、その中で平日用のお昼ご飯を作り持っていきました。この生活をすれば貯金が計画的にできるでしょう。(ミールプランも有)
 アパートについてですが、個人で探して契約することになります。私はお金の節約や他の契約特典、スクールバスの有無などを考慮して決定しました。私のアパートは3人用で、ベッド・バスはそれぞれ個人の部屋にあります。相性の良いルームメイトだと付き合いも深まるのでその点は良かったです。
 -聴講授業:私は中国語基礎とアメリカ国際関係史を聴講しました。前者の目的は、担当者がフルブライトFLTAの経験者であり、外国語をアメリカ人の生徒にどうやって教えているのかをじっくり学びたかったからです。結果として、本校の方針としてスピーキング重視の教育だったため、ライティングの宿題はほぼさせず、スピーキングを録音してチェックを受ける形式が多かったです。後者の狙いは、本プログラムの規則上アメリカ関連の講義を講義最低1講義聴講しなければならなかったのと、アメリカ人的視点でアメリカの歴史、外交史はどのように教授されているのか知りたかったからです。興味深いことに、本講師は中国人だったため、米中の視点を同時に学べました。太平洋戦争の開戦理由についてどこに焦点を置くかは国家により異なること、また、太平洋戦争から第二次世界大戦開戦、そして終結に至るまでの経緯と情勢が国家により違うため、視点や捉え方には国家間で大きな隔たりがあること、それらは衝撃的とも言えるほどの強い差異として認識できた授業でした。最終的にアメリカ国際関係史を中国人講師から学ぶことで、歴史教育は国家それぞれの指導方針や背景により大きく異なることが再確認できました。

主な仕事
 -日本語クラス:秋学期、私は中級クラスを2つメインに補助し、上級クラスもお手伝いしました。今年、来年は他のプログラムから日本人大学院生がTAとして初級クラスを担当しているので、私は初級クラスの生徒たちとほとんど関わりがありませんでした。ですが、その分彼らとは友人として接することができるため気が楽でした。主な仕事は授業中の全アクティビティの実施、小テストの採点、補習の準備・実施、期末プロジェクト発表に向けた添削発音指導などです。春学期は中級2クラスとも私が文法指導を含めすべてプライマリーとして担当する予定なので彼らの学力、クラスの雰囲気にあった指導法を検討している段階です。
 -オフィスアワー:週2に90分オフィスアワーを設けました。その時間に中上級の生徒たちが添削や質問をしに訪ねてきます。雑談で来る生徒も中にはいますが、ずっとオフィスに引きこもりの私にとってはフリーで談話・議論できる有意義な時間でした。
 -ティーアワー(カンバセーショナル・アワー):個人的には秋学期で最も骨の折れる仕事でした。当プログラムの目的は学生たちの日本語発話量を少しでも多く確保するというものです。そのためレベル別に毎回異なる内容を構成するのが最も難しかったです。毎週20人から30人以上来る日本語のティーアワーはGSUで人気の時間だからです。日本語履修者以外にも遊びに来る学生がたまにいるので彼らのことも考えて構成しました。具体的なアクティビティ例はリズム4、動詞活用すごろく、ラジオ体操、オノマトペクイズなどです。幸いにももう一人TAがいたので隔週で担当することができ負担は半減しました。

その他のプログラム
 GSUは留学生のためにGlobal Ambassador Program(GAP、国代表となって地域の学校で文化紹介をする), Cultural Friendship Program(CFP、アメリカ人学部生とペアを作って交流を深める), International Extended Family Program(IEFP、大学が探したホストファミリーと交流する)の3つをFLTAも活用することができました。私はGAPとIEFPに応募しました。GAPではある中学校まで行き、日本の概要、ビジネス文化、お笑いをプレゼンしました。IEFPでは1つのホストファミリーが割り当てられましたが、あるイベントでもう一つのファミリーと出会い、結果2つになりました。春学期にはGAPのようなコミュニティ・サービスをもっと継続的に行いたいため、他の学校でもできるかどうか大学関係者や知人に交渉中です。あと1セメスターを最大限に活かせるよう過ごしていきたいです。

3. 平川新 University of North Georgia, Dahlonega, GA

中間レポート

 私の派遣先大学は日本人のFLTAが初めてということなので、大学とその地域を概観した上で、実際に私が学校内外でどのような生活を送っているのか、私の授業と仕事について報告いたします。

 ノースジョージア大学は名前の通りジョージア州の北部に位置しており、5つのキャンパスを持っています。私の所属するキャンパスは州都アトランタから1時間半ほど北東に離れたダロネガという町にあります。人口6千人ほどの小さな町ですが、アメリカ史上初めてゴールドラッシュに沸いた町としても知られており、週末になるとゴールド・ミュージアムを中心にアンティークショップが立ち並ぶ小さな町が観光客で賑います。(大学のランドマークであるプライスメモリアルホールの尖塔は当時発掘された金で覆われているそうです。)また、アパラチア山脈のふもとにあるので、町は豊かな自然に囲まれています。ハイキングやラフティングを楽しむこともできます。



 本大学は1873年、1964年に創立された二つの州立大学が合併することによって2013年につくられた新しい大学です。しかし規模は小さくなく、全キャンパスを合わせると2万人近くの生徒が通っています。先学期の日本語の学生は私の予想よりもはるかに多く、私の所属するキャンパスだけで80人以上いました。本校の大きな特徴はアメリカに6つしかない上級軍事大学のひとつであることで、カデットと呼ばれる士官候補生たちが一般の学生に交じって授業を受けています。軍事訓練の様子をよく目にしますが、大学に到着後間もなくして見た飛行訓練は迫力がありました。
 そんなダロネガキャンパスでの生活で一番困ったことは交通手段がないということです。電車はもちろんバスもありません。遠出をするにもウーバーもなかなか見つかりません。徒歩圏内には観光客向けのお土産屋さんやアンティークショップなどがあるダウンタウンを除けば、徒歩20分のところに大手のスーパーがひとつあるだけです。学食でのミールプランもいただいていますし、エジプトからのFLTAと共有しているアパートの家賃も払う必要はないので、生活するのに苦労するということはないのですが、やはり初めのうちは退屈していました。しかし徐々に友達ができてくると色々なところに車で連れていってもらえるようになり、仕事と学業以外にも充実した時間を過ごせるようになってきました。アメリカ、日本に関わらず、自分がいかに人に恵まれて支えられているのかを改めて気づかされました。

キャバレーナイトで踊る日本語の学生たち
 先学期は教育学とスペイン語の授業を履修しました。教育学の授業では主にアメリカの教育制度の下で公教育がどのような問題に直面しているのかといった話題が中心でした。それだけでも私には十分学ぶ価値のある内容だったのですが、日本の教育の視点からの意見が教授から毎回のように求められ、アメリカの教育が直面している問題を日本の状況下でとらえ直して考え発言する機会を持つことができました。アメリカの大学で日本人として学ぶことの意義の一つなのかもしれません。
 スペイン語を履修したのは、全く習ったことのない言語を学習することによって、言語学習に対する新しいあるいは忘れてしまっていた視点が手に入るかもしれないと思ったからです。紙面の関係上中間レポートでは割愛しますが、語彙学習や音声面の指導など、自分の学習経験とのアプローチの違いなどから、スペイン語を話せるようになること以上の収穫がありそうです。もちろん言うまでもありませんが、スペイン語を習得するということも目標にしています。
 さて、私の仕事ですが、主にTAとしての授業補佐、生徒一人ひとりとのミーティング、そしてイベント時のお手伝いの3つを行っております。日本語のクラスは初級から上級まで開講されており、先学期はすべてのレベルに授業観察も含めTAとして入りました。また、定期的に代講を任せていただいているので自分の挑戦してみたい実践等も踏まえて授業をデザインする貴重な経験ができています。
 授業以外ではランゲージラボとよばれる視聴覚室にいることが多いです。言語の授業を履修している生徒は定期的に課題を行いに来ます。初級と中級の日本語の生徒は私やその他のチューターとの面談がレッスンごとに課されており、そのレッスンで学んだ文法や語彙を一緒に復習することになっています。生徒一人当たり20分のミーティングを週に20人分ほど行うので大変ですが、生徒一人ひとりと密接にかかわることのできる貴重な機会でもあります。生徒も自分のわからないところや興味のあることをチューターに自由に聞くことができる有意義な時間になっているようです。上級の生徒たちにも私とのミーティングの時間が設けてあり、内容は宿題の復習、作文の添削、日本語会話練習など多岐にわたります。上級クラスでは8人の生徒全員と長く関わっているので、それぞれのクセや弱点や強みなどがわかってきて、それらに合わせたサポートを心掛けるようにしています。
 余談になりますが、ランゲージラボにはもちろん他の言語のチューターたちが多く働いています。スペイン語のチューターが一番多く、フランス語、イタリア語、ポルトガル語、ドイツ語、中国語、韓国語のチューター、そしてアラビア語、ロシア語のFLTAがいます。チューター同士の横のつながりが非常に強く、常に活気のあるフレンドリーな職場となっています。彼彼女らの言語学習への貪欲さにはいつも刺激をもらっています。
 先学期は様々なイベントが行われ、幸運にもそれらに携わる機会をたくさんいただきました。たとえば留学説明会を行いに他キャンパスまで出張したり、アトランタにある日本総領事館での天皇誕生日祝賀レセプションに教授と一緒に招待していただいたりしました。大学内ではジャパニーズテーブルを開催し、日本語の生徒はもちろん、それ以外の生徒たちにも日本文化を楽しんでもらおうと着物、日本のお菓子、習字、折り紙、けん玉、ヨーヨーすくいを体験してもらいました。なかでも最も印象深かったのはキャバレーナイトと呼ばれる言語学部全体で行われるイベントでした。それぞれの言語のクラスがボランティアの生徒たちを募ってその言語文化にちなんだ歌や踊りなどの出し物を行うもので、日本語の生徒たちはドレミの歌を日本語で歌いながら踊りました。日本語チームは私に一任していただき、選曲から振り付け、演出なども生徒たちと一から考え何度も練習を行っていたので、当日のパフォーマンスが終わったあとは学生時代にもどったような感動を覚えました。教授でもなく生徒でもないTAという立場からの生徒とのいわば斜めの関係性は私にとっても、そして生徒たちにとっても新鮮なものなのではないかと考えています。
 春には南山大学から10名の学生さんを迎えます。本校とのプロジェクトの一環で2週間の滞在となりますが、その短い間にもたくさんの行事をお手伝いさせていただくことになっています。FLTAとして日本とアメリカの学生同士の、そして学生と先生との間の橋になれるよう、残りの期間も全力で楽しみたいと思います。

4. 角川由美子 U of Arkansas, Fayetteville, AR

中間レポート

 アーカンソー州フェイエットビルにあるアーカンソー大学に派遣されている角川由美子です。アーカンソー大学2人目のFLTAで、ティーチングアシスタント(TA)として日本語の授業の補佐、文化紹介のイベントの仕事を中心に行っています。私は、FLTAプログラムに応募するとき、そしてFLTAに決まってから、先輩方のレポート(体験談)を何度も読み、このプログラム参加への気持ちを高めました。なので、このレポートが未来のFLTAプログラム参加者のみなさんの参考になったら嬉しいです。この中間レポートでは、大きく3つのポイントにまとめたいと思います。1つ目は、プログラム応募や派遣が決まってからのこと、2つ目は先生としての経験、3つ目は学生としての経験についてです。(アーカンソー大学については、2017年度に派遣された杉浦竜也さんの中間報告に詳しく書かれているのでそちらを参考にしてください。)

1.応募の段階、派遣が決まってからについて
 3年ほど前、インターネットでこのプログラムを知りました。当時、公立中学校で英語の常勤講師をしていましたが、自分の英語力に不安があったこと、そして、海外での経験がほとんどなかったことが講師として働いている中で不安要素になっていました。そこで、英語力を高めるためにも、経験を積むためにも留学をしたいと考えていましたが、費用面の問題から自費で留学するというのが厳しい状況であったため、いい方法がないかとインターネットで情報を探していた時に、このプログラムを見つけました。とても魅力的なプログラム内容でしたが、自分の英語力、アメリカでの活動内容、先輩方の体験談を読んで私には難しそうだな、と自信がないために諦めてしまいました。それから3年、当時の思いが捨てられず、再び先輩方の体験談を読み、そこに書かれていた先輩方の前向きな言葉に励まされ、応募することにしました。8月末に書類を提出、9月7日に面接の案内がメールで届き、9月25日に東京で面接がありました。そして、10月16日に日米教育委員会に推薦されたというメールが届きました。年が明け1月以降、パスポートのコピーの提出が求められたり、健康診断書の提出に向けての準備が始まったりと少しずつ動きがあり、最終的に派遣先が決まったのは5月一週目でした。派遣先が決まってからは、健康診断、東京でのオリエンテーション、ビザの申請と出発までとても忙しくあっという間に出発の日を迎えました。(私は、アメリカでのオリエンテーションの日程が早かったため、7月31日に出国しました。)

 健康診断に関して、思っていたより時間と費用がかかってしまいました。子どもの頃に打つべき予防接種を打っておらず、打たなければならない予防接種が多かったため最初に通院してからすべての予防接種が完了し、健康診断書を受け取るまでに結構な時間と費用がかかりました。

2.先生としての経験
 アーカンソー大学には日本語の専攻がありませんが、学生は別の分野に専攻を持ち、日本語を副専攻、もしくは日本の文化や日本語に興味があるからなど様々な理由で日本語を学んでいます。初級、中級、上級すべての学生を合わせると130人ほどの学生が日本語の授業を履修しています。日本の文化(アニメ、音楽、和食など)に興味関心がある学生が多く、とても熱心に日本語を勉強しているのが印象的です。私は、初級、中級、上級すべてのクラスに入り、先生のアシスタント、学生をサポートしながら、それぞれのクラスの先生の授業の仕方を学ばせていただきました。教科書以外にも日常生活で目にする広告や新聞、コンビニ商品などの写真が授業に取り入れられていたり、歌や動画を扱ったりと先生方の日本語の教え方が様々でとても勉強になりました。日本に帰って英語を教える立場として働いたら、この教え方、このアクティビティを英語の授業で取り入れたい、そんな風に考えながらアシスタントをさせていただいています。

 授業の他での取り組みとしては、週に1、2回、日本語テーブル(Japanese Language Table)を行いました。カードゲームを使ったり、日本人学生の協力を得て日本語でテーマを自由に決め、会話をしたりして日本語の練習をしました。また、折り紙、お箸の使い方(お箸のタブー)、おにぎりや手巻き寿司作りなど、日本ならではの文化を紹介し、実際に体験をしてもらいました。学生は、日本の文化一つ一つにとても興味をもって、話を真剣に聞いてくれました。この日本語テーブルでの活動を通して、私自身、日本人であるにも関わらず知らなかった一つ一つの文化や習慣の本当の意味を学ことができ、そして、日本には日本独自のたくさんの文化があるのだと実感することができました。そして、学生たちが日本語や日本の文化に興味をもって学ぼうとしてくれていることにとても嬉しく思ったのと同時に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

3.学生としての経験
 アーカンソー大学には、ICT(International Cultural Team)というグループがあります。留学生や海外留学経験のあるアメリカ人学生がキャンパスや地域に自分の国の文化や、海外での経験を共有し、お互いに学びを得るという目的で様々な国イベントを主催しています。私はICTに所属し、様々なイベントに参加して日本文化を紹介しました。現地の小学校を訪れ、日本の学校について話をしたり、折り紙を使ったアートを体験してもらったりしました。日本の多くの学校ではアメリカの学校とは違い、給食の配膳、教室やトイレの掃除を生徒が行うということを伝えるととても驚いていました。

 秋学期は、小学校3校、大学で行われた高校生向けのイベント、募金活動のイベント、アニメフェスティバルなど様々なところで日本文化を紹介することができました。
 日本のことを伝えるだけではなく、自分自身、アメリカの文化をたくさん経験することができました。
大学のイベントで出会ったアメリカ人のホストファミリーがThanksgiving day(感謝祭)やハロウィーンなど、イベントがある度に自宅に招待してくださり、話を聞かせてくれたり、アメリカならではの料理をふるまってくれたりしたので様々な経験をすることができました。

 アメリカに来て、5ヵ月がたちました。毎日が充実しているのであっという間に時間が過ぎてしまったように感じます。この5ヵ月間、母国である日本について考え、知らなかったことを知ることができ、それと同時にアメリカの文化を知り、体験することができました。残されたアメリカでの4ヵ月、学生がたくさんの日本文化について学び、実際に体験ができるよう日本語テーブルに力を入れ、そして自分自身も日本に帰国してからアメリカで学んだことや経験したことを伝えられるよう様々なことにチャレンジをしてたくさんの経験を得たいと思います。

5. 梶玲菜 Casper College, Casper, WY

中間レポート

 2018年8月より、ワイオミング州キャスパーにある、Casper Collegeに派遣されています、梶玲菜です。FLTAとして渡米して、早5か月。講師として日本語、日本文化をアメリカの学生に教え、学生として教育知識を深めています。また、ここでしか体験できないようなイベントやカンファレンス、アクティビティに参加することができ、とても充実したアメリカ生活を満喫しています。今回は、キャスパーの街やキャスパーカレッジ、学校生活、これまで経験したことについてまとめたいと思います。 

 キャスパーの街は、ワイオミング州で2番目に大きい街です。(1番は州都のシャイアン、3番目はワイオミング大学のあるララミーです。)2番目に大きな街とは言え、アメリカ人からも「ド田舎」と言われる街なので、東京と比べるとかなり小さい街です。公共交通機関はなく、車がないとキャンパス外に出るのは難しいです。しかし、スーパーや映画館、レストランなどはもちろんありますし、学校の先生方や友人が快く車を出してくれるので、実際の生活で不便になっていることはほとんどありません。また、街中やキャンパス内でも野生のアンテロープやウサギに出会うことがよくあり、自然があふれています。(ワイオミング州については、過去のキャスパーカレッジに派遣された先輩方のレポートをご参照ください。) キャスパーの街には日本人が4名ほどしかおらず、キャンパス内には日本人の先生、学生は一人もいません。アメリカ人以外の学生もほとんどいないような環境なので、出会った人はすぐに私のことを覚えてくれます。人種差別のようなことは全く経験したことがなく、とにかく優しい人だらけです。すれ違うだけであいさつや世間話をし、アジアや日本に興味をもって話しかけてきてくれる人が多くいます。他の国からのFLTAの同僚もいない中で働いていますが、親切な人が多く、友人や家族を紹介してもらえる機会も多いので、キャスパーでの輪が広がって楽しく過ごせています。

 キャスパーカレッジは、2年制のコミュニティカレッジです。ワイオミング州は、アメリカで最も人口の少ない州で、州内には4年制大学が1つしかありません。広大な土地にもかかわらず、その4年制大学までキャスパーから車で2時間かかるという地域柄、キャスパー周辺に住む多くの学生は、高校卒業後、キャスパーカレッジに入学しています。キャスパーカレッジは4年制大学の最初の2年間の役割を担っており、多くの学生は大学3年生時から4年制大学に編入します(そのためBridging Collegeとも呼ばれています)。学べる分野の多さと質の高い教育で、アメリカ国内のコミュニティカレッジの中でトップ25位に選出されたこともあるほど高い評価を受けています。また、コミュニティカレッジであるということから、地域の方(30代~60代くらいまでの方)が興味に応じて授業を受講しています。それだけでなく、市内の高校との連携で、高校卒業年の学生が先に大学で授業を受講しています。日本ではなかなか味わえない、ユニークな環境にいることを日々実感しています。

 キャスパーカレッジでは、Primary Teacherとして、秋学期は日本語の初級と中級の授業を、1週間に8コマ教えました。シラバス作成から授業プラン、宿題やテスト作り、成績付けまで全てを一任されています。日々の授業では、学生の興味を高めながら、日本語での表現を少しでも多く含むことができるように工夫しました。何もかもが初めての経験だったため試行錯誤の連続で、うまくいかなかった…と落ち込むこともありましたが、同じ学部の他言語の同僚や、教育学の先生方にも恵まれ、解決策や次に活かすためのアドバイスをもらうことができました。学生たちは皆、日本語学習に熱意を持っているため、とても楽しく授業をすることができました。アジア人さえもなかなか見ないような土地柄のため、日本人である私から、できる限りの情報と経験を得たいと思っている学生もたくさんいます。オフィスアワーに毎回来てくれる学生や、授業前に日本語の会話を練習する学生など、たくさんの嬉しい光景を見るたびに、より良い授業に向けたモチベーションにつながりました。 

 大学卒業後、民間企業で働き、アメリカに来るまで教員として教壇に立った経験はありませんでした。そのため、経験や知識を補うため、渡航後に様々なカンファレンスに参加しました。ニューオーリンズで行われた、全米外国語教育者向けのカンファレンス(ACTFL)や、キャスパーで行われたワイオミング州外国語教育者向けのカンファレンス(WFLTA)、コロラド州で行われた日本語教育者向けの講演会に参加し、知識を深め、他校の日本語の先生方との情報交換も積極的に行いました。そして、参加したイベントを通じて得た知識を直ちに授業に取り入れるように心がけました。キャスパーカレッジでは、日本語授業を一任されているため、このような場で学んだことをすぐ実践できる環境があります。責任はかなり大きいですが、これ以上ない貴重な場をいただき、経験をさせていただいていると実感しています。 

 学生として秋学期はFoundations of Educationと、Educational Psychologyのクラスを履修しました。これらのクラスでは、アメリカの教育制度や仕組み、効果的な教授法などかなり実践的に学ぶことができました。先生方がフレンドリーで、オフィスアワー以外にも気軽に質問し、普段の日本語の授業に関しての相談もできるくらいの間柄になることができました。授業内の学生はどちらも10名未満だったので、授業中に毎回1回は必ず発言していました。グループやペアでの作業、ディスカッションも多く、活気のある授業ばかりでした。大規模な大学でよくある、教授が一方的に講義をするような授業スタイルではないので、楽しみながら学問の理解を深めることができました。英語を使いたい、学生参加型な授業を楽しみたい、という方にはお勧めです。少人数の授業がこの大学の強みでもあると思います。

 世界各国からのFLTAと交流できることも、本プログラムの魅力の一つです。秋学期開始前にはノートルダム大学でオリエンテーションに、12月にはワシントン D.Cでのカンファレンスに参加しました。オリエンテーションではアメリカでの生活や母国語を教えるための教授法についての講義を受け、プログラム開始の準備をしました。様々な国のFLTA生と交流できただけでなく、教授法についても意見交換をでき、キャスパーでの実践で役立ちました。冬のカンファレンスでは、FLTAに向けてプレゼンをする機会をいただき、私自身が秋学期に日本語の授業で取り入れた授業内活動について発表しました。発表後に感想や質問だけでなく、新学期から取り入れてみる、という意見もいただき、嬉しさと共に自信につながりました。 

 大学卒業後、教育現場に携わりたいと心に抱いていました。その目標をフルブライトの一員として実現することができ、日々充実を感じています。しかしその一方で、FLTAとしての生活も折り返し地点にきていることを改めて振り返ると、毎日を大切に、学びを実感しながら過ごさなければならないなと改めて感じています。残りの生活では、自分自身の経験だけに重きを置くのではなく、どれだけキャスパーの学生やコミュニティにも貢献できるかも考えていきたいと思っています。残りの期間も、様々なことに挑戦・経験し、学んで成長して帰国できるように、残りの時間を全力で過ごしたいと思います。

6. 片桐隆裕 Pacific University, Forest Grove, OR

中間レポート

初めに
 オレゴン州のパシフィック大学にティーチングアシスタント(TA)として派遣されている片桐隆裕です。今回は、私がこの土地でどのように生活をしているのか、どういったことをしているのかについて感じたことや学んだことをもとにまとめていきたいと思います。また2017年、2016年、2013年にも同じように派遣されているFLTAがいますので、併せてご参照いただけたらと思います。

住んでいる環境について
・オレゴン
 オレゴン州はアメリカの北西部に属する、森林や農場に囲まれた素晴らしい土地です。太平洋にも面しているため海も近く、“Green State”と呼ばれるほど非常に環境に優しい土地です。買い物時にはビニール袋やプラスチック製品などをなるべく減らそうと紙袋が使われるケースがあります。また消費税がかかりません。北にはワシントン州、南にはカリフォルニア州とまた少し違った環境がすぐ近くにあるところが魅力です。気候は比較的温暖で、夏は平均24度と温かく、秋から冬にかけては平均気温が11度で雨が沢山降ります。しかしオレゴンの人はプライドがあり傘を使いません。個人的に一日の気温差が大きいと感じる為、朝や夜は外出時にいつも上着を常備しています。オレゴンはナイキやコロンビアスポーツウェアなど本社がある土地でもあり、今私がいる大学出身者も沢山いると聞きました。

ハイキング

オレゴンの湖
・ポートランド
 私が住むフォレストグローブからはバスと電車を使って2時間ほどの距離にあるオレゴン最大の都市です。ポートランドは「アメリカ人が住みたい町」の1位に選ばれる都市でもあり、住民にとっても良い町のようです。オレゴンの中でも多くのビール醸造所があり、その数は世界最大とも言われています。今までビールが苦手でしたが、オレゴンに来てハウスメイトや友人の影響で地ビールを飲み比べたら、その味の違いに奥深さを感じ好きになりました。交通機関に関してはMAXと呼ばれる路面電車やバスなどが発達しています。住んでいる日本人の方も多く、日本庭園や日本のお菓子、日本舞踊のイベントなど日本の文化に親しみを感じる人が多い雰囲気があります。

地ビールが楽しめるバー

街の中にあるアート
・キャンパス
 大学はポートランド郊外のフォレストグローブ市に位置しています。フォレストグローブは小さな田舎町で、正直車や自転車が無いと少し不便ですが、小さい町だからこそ互いに助け合う雰囲気がありアットホームな環境です。キャンパスも小さく3500人ほどの学生数なので知り合いが増えます。驚いたのはアジア系のアメリカ人が非常に多く、ミドルネームか苗字に英語と日本語の名前を持っている学生が沢山います。そんな環境だからこそ、親しく話しかけてくれる人が沢山いて、アメリカに住んでいる人の本当の意見や思いが聞けます。時間がある時はジムや体育館で汗を流し、疲れた時はスターバックスでコーヒー飲み、図書館で読書や勉強をするのが私の一番好きなところです。TEDトークや講演、パーティーなど大学でのイベントも盛んに行われます。大学のサイトや掲示板、張り紙がされるので友人と足を運びアメリカ文化を日々感じています。

パシフィック大学の正門

図書館
・家
 現在住んでいる所はキャンパス外の一軒家です。ドイツ人、フランス人、アルゼンチン人の3人と家を共有して暮らしています。自炊とカフェテリアでの食事を並行しています。家具などもきちんとあるので、今のところ全く不便は感じていませんし、人間関係に支障もありません。しかしみんなの性格や個性は全く違います。「ではなぜ?」と感じる方もいるかもしれませんが、具体的に言うと入居してすぐ、みんなで会議を開いてルールを決めたからだと思います。そして自分がオープンになって相手を認める姿勢を持ち、互いに尊敬し合い、支え合える環境があるからだと思います。そんな家がとても心地良いです。

ハウスメイト(左から順に日本、アルゼンチン、ドイツ、フランス)

住んでいる家

大学での活動
・日本語授業
 日本語クラスは初級、中級、上級と分かれています。その中で私は主に初級を2クラス、中級を1クラス、そして稀に上級クラスで日本語指導のサポートをしています。1コマ1時間です。生徒数は1クラスで10人から20人弱で全ての生徒を合わせると約80人です。自分の言語を今まで教えた経験はありません。その為、日本語の先生がどのようなフレーズや言葉遣いで授業を回しているのか、分かりやすく教え生徒がそれを身につける為の技術を学んでいます。今まで先生が会議や出張で不在の時が何度かありました。その時は自分もプライマリーティーチャーとして教壇に立ち日本語の授業を教えます。教具準備や指導案の計画などを通して準備の大変さが分かり、改めて学びたいという気持ちになります。

・ランゲージテーブル
 お昼の11時45分から12時45分にかけてカフェテリアで学生と日本語でお話しするという仕事です。週に2回行っています。学生にとって授業で学んだことを口に出してアウトプットできる機会はすごく貴重で毎回来てくれる学生もいます。

・ジャパンナイト
 週に一回2時間で自分が計画した日本文化を生徒に体験してもらうというイベントです。今までやった内容は、折り紙、おにぎり作り、J-pop、歌舞伎、芸者、伝承遊び、オノマトペ、日本のハロウィン、祭り、ジブリ映画鑑賞、カラオケ、ソーラン節などです。何をやろうかと生徒の興味を考え、ホットな情報収集が必要になります。常に教えるだけではなく自分も学び直しができ、日本語授業で学んでいることを試せるため、生徒と共に成長できます。

おにぎり作り

日本語のオノマトペ

・チュータリング
 週に一回2時間で日本語学習のサポートをしています。強制ではなく個人的に質問がある生徒が図書館に来て私に尋ねます。今年から大学のパソコンで生徒があらかじめ予約を入れられるシステムができました。私は生徒の学習状況やアドバイスを記入したレポートを指導後に提出しますが、このシステムからも生徒を考えた大学の良さがうかがえます。

・ボランティア
 オレゴンのフォレストグローブは富山県の入善町と姉妹都市で、日本の高校生が短期の研修で大学に訪問しました。そこでは高校生がハロウィンイベントのパンプキンカービングを通してカボチャの置物を作るお手伝いをしました。文化交流に興味がある私にとってアメリカでの生活について彼らと話し、自分の国を客観的に見ることができたのは良い機会でした。高校生も私の背景や生活に興味があったようで、1人の人生モデルに慣れたのは嬉しく思いました。その他秋祭りというイベントでは、ジャパンクラブのメンバーと希望者で共にソーラン節を踊りました。

秋祭りでのソーラン節

日本語初級クラスの生徒と入善町からの高校生
春セメスターに向けて
 秋セメスターの反省点は主に3つあります。①履修授業と日本語授業、他の活動との両立 ②英語学習機会を習慣にできなかったこと ③ジャパンナイトの外部からの呼び込みが盛んにできなかったことです。
 日本語授業や自分の仕事以外にも、2つの履修科目の大量の宿題、授業内ではディスカッションやプレゼンテーションなどがあります。すべてを完璧にやろうとして一度おかしくなりそうでした。本当に今まで見たことの無い専門用語や感じたことの無いアウェイ感は凄くストレスになりました。しかし、目標があって自分は来たのだともう一度改めて考え直し、来学期は良い意味で頑張りすぎないこと、そして習慣化を心がけたいです。2つ目についてですが、日本に興味がある学生やもともと親の一方が日本人で日本語を話したい学生が居たため、相手の為にと仕事以外でも日本語を話してあげていました。そういった学生がいることは嬉しいことですが、いつの間にか英語より日本語の使用が増えていきました。英語力向上の為、友人とその点についても話し合い英語と日本語のバランスが取れた生活をしたいと思います。最後の3つ目は、現在のジャパンナイトのイベント参加者がほとんど日本語授業の履修者で、1人の学生から外部からもっと人を呼んだらどうかと提案がありました。確かに、より多くの人を呼び込み、より多くの人に日本の良さを知ってもらうには良いアイディアだと思い、呼び込みの活発化を促したいです。この半年は本当にあっという間でした。毎日生活の中でも授業の中でも新しいことを学び、非常に刺激的でした。残り半年も貴重な機会を使って多くの事を吸収し、思う存分残りの生活を楽しく過ごしたいと思います。

7. 木村俊 Brandeis University, Waltham, MA

中間レポート


サマーオリエンテーションの様子
フルブライト像前にて
応募からサマーオリエンテーションまで
 大学卒業後英語教員として勤め始めて4年目の初夏、FLTAの案内がたまたま目に留まりました。英語教員として働きながら、自身の英語能力を磨く必要性を常々感じていた中で、このチャンスを逃す手はないと、すぐに応募に向けて各所に相談・準備を進めたことを今も鮮明に覚えております。
 さて、応募者の皆さんはわからないことだらけで気が気ではないと思いますので、応募から合格までの流れをお伝えしたいと思います。8月末に応募書類をすべて提出した後、9月下旬に面接を受けました。面接官の方々はリラックスした雰囲気でできるように気を遣ってくださっていましたが、私は面接官の人数の多さに終始圧倒されていました。10月中旬にNominationをもらったという連絡が来ましたが、それはまだ確定ではないということで、職場のみなさまや家族友人にも結果が報告できずやきもきしていました。3月になり受け入れ大学・志望者のマッチングに関する手続きを経て、新年度が始まり、ようやく結果がわかり周囲に報告できたのは5月中旬になってからでした。そこからは準備がとても大変でした。受け入れ大学についての情報と、FLTAオリエンテーションについてのメールが届いたので、勤め先の管理職の先生方にご報告と、今後の処遇についての相談をする傍らで、英文健康診断や必要書類の準備などに追われました。準備と通常の業務をこなすことに夢中で、このあたりの記憶はあまりありませんが、あっという間に8月になり、私のオリエンテーションの場所であるアーカンソーへと旅立ちました。時差の影響で体調はあまり優れませんでしたが、アメリカでの生活での注意点や、FLTAとしての役割や授業の方法論など学ぶことができ、とても有意義なオリエンテーションでした。世界中のFLTAとコミュニケーションをとることもでき、良い刺激になりました。

派遣先大学について
 今年日本人として2人目のFLTAとしてブランダイス大学に派遣されています。大学はマサチューセッツ州のボストン郊外にあり、市街地までは無料シャトルバス(長期休暇中は出ていません)で30分の位置です。敷地は基本的に小さな山の中で、毎日がちょっとした登山でよい運動になります。ユダヤ教系の大学であり、かのアルバート・アインシュタインが創設に関わっていたそうです。もともとは「アインシュタイン大学」と命名される予定でしたが、本人が拒否したために、法律家として著名なユダヤ教徒のルイス・ブランダイスの名前を大学名にしたという逸話があります。

FLTAとしての役割

Language Tableの様子
 秋学期、日本語の初級・中級クラスにTAとして参加しました。日本語を履修している生徒は非常に多く、初級クラスの生徒数は1セクションおよそ20人で4セクションもありました。中級でも2セクションあり、慣れない日本語の宿題の採点に追われる日々でした。母語として当たり前にネイティブに身についている知識を、言語習得者に定着させることが難しいことを改めて認識しました。その他、Tutoring・Office hour・Language Table・習字体験会・日本語スピーチ大会に同伴・テスト監督など、TAとして大学に貢献できることはたくさんありました。Language Tableは、学生たちで集まり日本についていろいろなトピックで話し合うのを聞いたり、話を進めるのを手伝ったりとしました。学生が主体ですべて進めているのが印象深かったです。

I Am Global Week のFulbright紹介テーブル
 また、大学のイベントの1つとして、「I Am Global Week」というものも開かれました。1週間世界中のさまざまな言語や文化に触れることを趣旨としたイベントで、フルブライトの留学についてアメリカの学生に周知する機会がありました。日本の文化紹介のテーブルも、大学内の日本人学生協会と連携して展示しました。

履修授業について
 American studiesからIntroduction of Asian American Studiesと、言語教育の一環としてGermanのコースを聴講として受講しました。こちらの大学の授業を受けて驚いたことは、基本的に多くの授業がInteractiveに進められていくことと宿題の多さです。Introduction of Asian American Studiesでは、毎回宿題となったReadingの題材について、必ずディスカッションをしました。最初は学生と先生の話すスピードに全くついていけず完全に自信をなくしましたが、担当の先生のOffice Hourに通ったり、意味はわからなくても何かしら発言してみたりしていくうちに、少しずつディスカッションにも混ざれるようになったことがとても嬉しかったです。Germanは、外国語がこちらでどのように教えられているか、日本語だけでなくその他の言語の教え方に興味があったので、軽い気持ちで履修したのですが非常に大変でした。こちらの言語の授業は一週間ほぼ毎日あるため、毎日宿題に追われ、新しい語彙と文法の暗記を繰り返していくだけであっという間に秋学期が終わりました。こちらの授業も、習った語彙や文法を用いた会話の練習が授業内でも大半を占めており、宿題をやれなかった日などはとても居心地が悪くなりました。ReadingやTranslationを重視していないことも印象的でした。ただ、学期の終わりにはクラスのメンバーはかなり流暢に話せており、日本の英語教育との違いを痛感しました。

おわりに
 紆余曲折はありましたが、なんとか秋学期を終えることができて安心しております。ここまでやってこられたのは、日米教育委員会、IIEの方々をはじめ、推薦書を書いてくださった先生方、ブランダイス大学の先生方の支えがあってのことですので、感謝申し上げます。また、教員としての身分を保ったまま海外で勉強する機会をいただけているのは、ひとえにあたたかい職場のみなさまのおかげです。ご迷惑をおかけしておりますが、さらなる成長をして戻る所存ですので、この場を借りてお礼を申し上げます。本当にありがとうございます。冬休み・春学期はより一層励み、帰国後学校に還元できるように尽力してまいります。

8. 小林匠 University of Notre Dame, Notre Dame, IN

中間レポート

インディアナ州、ノートルダム大学(University of Notre Dame)に派遣されている小林匠です。この中間レポートでは大きく分けて3点(①出発前の準備、②プログラム・学校の紹介、③ノートルダム大学での役割)について報告します。

①出発前の準備について
 まず、私の背景ですが、大学(国際学部)で第二言語習得について学びましたが今まで留学の経験はありませんでした。大学卒業後は神奈川県内の私立高校にて常勤講師として2年間勤めていました。外国語が上手くなるということに関して言えば日本国内でも全く問題ないと感じていましたし、現在もそう考えている私がプログラムに応募した理由は、現場で生徒と触れる中でもっと生徒の可能性を引き出せる面白い教師になりたいと感じたこと、自分が本当にやりたいと思えるプログラム内容に加えて財政的・機会的なサポートが手厚いことがあります。
 2017年の応募締め切り(8月末)に向けて4月頃からエッセイなどを仕事の後にコツコツ書き進めていましたが、提出したのは締め切り2日前くらい(ギリギリ)でした。自己分析に付き合ってくれた友達、そして推薦状を書いてくださった大学時代そして勤務校の恩師たちには本当に感謝しています。
 内定後は健康診断・ワクチン、派遣先を考えることに悩み時間を取られました。まず、健康診断・ワクチンについてですが、複数回接種しなければならないものもあり時間がかかるので指示が来てからすぐに取り掛かることをお勧めします。
 次に派遣先についてですが、FLTAとしての時間のほとんどを派遣先で過ごすので、自分の希望を明確にする必要があります。私の場合は日本語ティーチングの経験や知識は全くなく、留学も初めてだったのでprimary teacherとして授業をするということよりもteaching assistantとして文化交流やアメリカの大学でのL2教育がどのようなものかを学ぶということに重きをおいて希望を提出しました。ノートルダム大学では学外活動として小学校に訪問し文化交流をする機会があり私のやりたいことができそうだと考えました。全ての希望が通るわけではありませんが、「こんなはずではなかった」と言うことにならないように特に内定者には過去の先輩方のレポートを読むことを勧めます。

②FLTAプログラム・学校の紹介
 まず、私の考えるFLTAプログラムの最大の魅力は、50カ国以上の国から来ている様々なバックボーンを持つ人と直接会って話ができることだと思います。自分の頭の中の先入観が無くなり、国や人をリアルに感じることが出来ました。このプログラムに参加していなければ一生行くことのなかったであろう国、一生話すことがなかった人と出会うことができ、友達になれたことがとてもうれしいです。

 次に、私が派遣されているノートルダム大学の紹介ですが、ノートルダム大学はアメリカの中西部、インディアナ州にあるカトリック系私立大学です。Hidden Iviesにも数えられる名門大学でアメリカを中心に全世界から熱意とスキルを備えた学生が集まってくる非常に学術レベルの高い大学です。また、アカデミック分野以外ではアメリカンフットボールも有名でキャンパス内に8万人以上を収容するスタジアムがあり、シーズン中は毎週末とても盛り上がります。

 また、FLTAに関係することとしていくつか特徴があります。その一つが環境面で、例えば図書館は13階建で平日は24時間営業など非常に恵まれています。また、総合大学なので様々な講義があり、FLTAとして授業を取る際も自分の興味に合わせたものが取れる可能性も高いと思います。他には、比較的大勢のFLTAを受け入れることも特徴で、今年度は世界各国から12人のFLTAが来ています。仲間の存在は頼りになりますし、グループで何かを企画したりすることもできます。

③ノートルダム大学での役割
 ノートルダム大学で私はFLTAとして仕事と学業を両立しています。まず仕事についてですがアシスタントとしての宿題の添削やチューター、そしてイベントの企画運営が主な仕事になります。イベントは定期的に行うMovie Night、Language Tableと、単発で行うイベントがあります。このセメスターの単発イベントは、ドラえもんとどら焼きを題材に行いました。またノートルダム大学でのFLTAの仕事としてNuner Projectというものがあります。近隣の小学校(Nuner Fine Arts Academy)に毎月一週間に渡り訪問し、文化紹介をします。一人一人のFLTAが事前に相談し決めた学級に入り、各々言語や文化についてのアクティビティを子ども達と行います。これだけ定期で、まとまった時間を地元の小学生と過ごす機会がある派遣大学はノートルダム大学以外無いのではと思います。私は4、5年生のクラスの担当をしていますが、今学期行ったアクティビティーの一つで日本語の漢字を用いてアートピースを作るということに取り組みました。子ども達は絵と漢字を使い自分の作品を作りました。日本語教育からは少しそれた内容ですが、子ども達にとって日本語は初めて見る記号であり、私が意味を伝えることでそれを自分のイメージに落とし込んで楽しんで使っていたのでやってよかったなあと思いました。日本語って、日本って面白いなと感覚的に思ってもらえたかなと思います。また、今年はFLTA全員でcultural tableを行い小学生達が様々な文化に触れる機会も持つことができました。
 大学でのイベント企画や、Nuner Projectに携わる中で外から見る日本文化やニーズの違いのようなものを強く感じました。例えば多くの学生が日本のポップカルチャーがきっかけで日本語を履修しますが、アニメ一つとっても実はドラえもんは日本ほど認知度が高くなく、逆に90年代の他のアニメ(日本ではアニメ好き以外は知らないと思われる)が人気だったりします。自分が派遣されてここに来ている理由はこのギャップに入り込んで行くことかなと最近は思っています。残りの時間はアメリカの学生のニーズと日本人の持つ日本文化観の間をとって、学生が面白いと思うような企画を打っていきたいと考えています。

 次に学生としての生活についてですが、今学期はBeginning FrenchとIntroduction to Linguisticsという二つの授業をcreditで履修しました。フランス語はずっとやりたいとは思っていたものの、これまで学んだことは一度もありませんでした。しかし、日本よりも進んでいると言われるアメリカの第二言語教育を体験したかったこともあり履修しました。実際、反転授業やeラーニングなどが授業内で自然に扱われており、良くも悪くも今後の日本の外国語教育について考える機会となりました。これからFLTAプログラムを検討される方にもアメリカの大学の第二言語教育を体験することは勧めたいと思います。今学期履修したもう一つの講義がIntroduction to Linguisticsです。”Introduction”で、且つUndergrad向けの授業にも関わらずレベルの高さに驚きました。私自身学部生の頃にリーディングの研究をしていて、それなりに言語学についての知識もあるつもりでしたが、蓋を開けてみると英語力、知識ともにクラスメートに劣っており悔しい思いもしました。アメリカの大学の課題(リーディング)量や授業内のディスカッションにも最初は圧倒されました。結果的に、今では今後の自分の伸び代を増やしてくれる刺激的な体験になったと感じています。

 以上を中間報告とさせていただきますが残りの時間もお世話になった大学時代、勤務校の恩師、ノートルダムの同僚そしてFulbrightへの感謝を忘れずに過ごしていきたいと思います。

9. 古峨美法 University of Scranton, Scranton, PA

中間レポート

 コンビニも地下鉄もないこの町に到着し、アパートに向かう車中から景色を眺めながら、東京との環境の違いに気が遠くなりかけたことをよく覚えています。しかし不思議なことに、5ヶ月が経ち、この町の面白さに惹かれている自分がいるのです。FLTAになるまで、私は名前すら聞いたことがなかったですが、アメリカ人の多くは(The Officeというドラマシリーズによって)スクラントンを知っているようです。「スクラントニアン」と呼ばれる町の人々は、全米1「醜い」とも揶揄されるそのアクセントを含め、この町を誇りに思い、そして愛してやまない様子です。車を少し走らせれば大自然がある一方で、ニューヨーク・シティやフィラデルフィアまでも車で2時間という場所にあり、アメリカの「自然」と「文明」のどちらをも感じることができます。私はその町の名を冠したスクラントン大学に派遣されています。キャンパスはダウンタウンに隣接しており、スクラントンの教育・文化の中心地になっています。ペンシルバニア州の他地域や、ニューヨーク州、ニュージャージー州からの学生もたくさん在学していますが、生粋のスクラントンっ子たちが一定数いることは、特徴のひとつだと思います。
 秋学期は、初級と中級のクラスを週に3回50分ずつの6コマ、上級をすでに終えた学生向けにインデペンデント・スタディという75分の授業を1コマ教えました。日本語教員は私だけなので、シラバス作りから成績づけまでを1人でこなさなければならず、時間に追われる毎日を繰り返しているうちに学期が終わっていた、というのが正直なところです。ただ、学生はとても意欲的で、好奇心旺盛で、真面目で、そしてとびきり面白い子ばかりだったので、授業に向かうことが楽しみでした。また所属している学部は、コロンビア、アルジェリア、イタリア、スペイン、中国、アメリカ出身の先生方、コロンビア、バーレーン、フランスからのFLTA、メキシコ、台湾、ベルギーからのTAが所属しており、多国籍多文化の中で、様々な視点から相談に乗ってもらうことができます。
 学生としては、外国語教授法(FLTAは義務づけられている)と社会学(人種とエスニシティ)を受講しました。教授法のクラスの初回は「教科書を飛びだせ」という先生の言葉から始まり、様々な言語の教員(志望も含む)とマイクロティーチングとフィードバックを何度も繰り返しました。地図、新聞・雑誌、YouTube、Kahoot! などを効果的に使いながら、学生の好奇心を刺激し、学習言語を通してその外へも興味が広がって行くような授業プランを考えるよう求められました。また、興味深かったことは、このクラスでは教師が「私」をさらけ出すことが良しとされていた点です。教科書には載っていない、「私」にしか話せないことを学生にすることで、授業をオリジナルのものにするのです。日本の高校で教えていたときは、試験までの範囲に追われ、パターン化された授業をしがちだった私にとって、このクラスでの学びは大きかったです。社会学の授業では、文献を読み進めながら、現代アメリカ社会における人種・エスニシティの問題を検討しました。「ある公立高校でネイティヴ・アメリカンを彷彿させるマスコット・キャラクターが使われていることに学生グループが反対声明を出した」という設定で、様々な立場になりきってロール・プレイングをする回や、自身の経験を話す回などがあり、解決が不可能にも思われる大きな社会問題を自分自身のこととして考えてみられるようなプロセスが取られていました。学生として受講することができた、これら2つのコースでの学びを、自分自身の授業にも還元できるようにしたいです。
 中級の授業で「どんな子どもでしたか」という質問をしたことがあります。「本やマンガやゲームが好きだった」と全員が答え、「しずかだった」と7割が答え、「友だちがいませんでした」と半数以上の学生が答えました。どれも特に悪いことであるとは思いません。ただ、彼らがアメリカ社会に大なり小なり「生きにくさ」を感じていたことは確かであるように思います。私にとって「英語」や「アメリカ文化」がそうであったように、「日本語」や「日本文化」との出会いを通して、彼らの生きる世界がぐんぐん広がって行くような授業ができるよう、春学期も頑張りたいと思います。

10. 小野史子 University of Wyoming, Laramie, WY

中間レポート

 2018年度ワイオミング大学に派遣をされている小野史子と申します。応募から派遣まで何度も読み込んだレポートに私の体験を掲載させていただけること、とても光栄に思います。本レポートでは主に、応募までの経緯、日本語の授業、受講した授業、そしてララミーでの生活について報告をしたいと思います。

      

1. 応募までの経緯
 私はワイオミング大学に派遣されるまで、神奈川県の公立高校の教員として勤務をしていました。生徒に分かりやすい授業を目指して、本や研修で勉強をし、そしてそれを実践し生徒に理解してもらえた時はなににも代えがたい喜びがありましたし、充実感をもって授業をしていました。一方で、授業や分掌や部活動などの校務の中で、中々自分自身の英語を勉強する時間が確保できずにいました。学生時代のように、英語を勉強するまとまった時間がほしいと常に感じていました。そして2018年7月、英語科の教員内での回覧の中で本プログラムのことを改めて知りました。この文書は文部科学省から神奈川県教育委員会を通じて、私の勤務校へ回ってきたものでした。そこでは、「公立学校の教員が派遣される場合には、『外国の地方公共団体の機関等に派遣される一般職の地方公務員の処遇等に関する法律』(以下『派遣法』という。)に基づき、地方公務員の身分を保持したまま、米国の大学で日本語教育に従事できることを申し添えます。」とあり、身分保障がされたまま本プログラムに参加ができると書いてありました。
 勤務校の管理職にはサポートしていただきましたが、私の場合、結果的には派遣法が適用されず退職することになり大変残念でした。それでも、毎日大好きな英語に触れられていること、そして英語を使って日本語を教えられていること、前勤務校では得られない経験ができていますし本プログラムに参加してよかったと思っています。

2.日本語の授業について
(授業スケジュールに関しては、昨年度の市倉さんと同じものになりますので、そちらをご参照ください。) 
 私は3月に候補先の大学のリストが届いた時、ワイオミング大学を1番に希望をしました。理由はいくつかあるのですが、1番の決め手となったのは、日本語を担当しているノア先生というアメリカ人の先生がいらっしゃったことです。もちろん授業の時は、私1人だけで教えなければならないのですが、ノア先生と進度や教える項目や教え方等の相談をしながら授業を進めています。 一方で、日本語を担当している先生が他にいるがゆえの難しさもありました。初級の日本語のクラス(週4時間)では、ノア先生が主担当の午前のクラス、私が主担当の午後クラスがありました。最初の頃は、午前のクラスに必ず行き、どのように教えるのか見学させていただいていました。そして、午後の自分のクラスで同じように教えようと努めましたが、私の英語ではなかなか同じように伝えられず思うように授業をすることができず、進度も遅れてしまいがちでした。徐々にノア先生の授業を参考にしすぎずに、自分なりに考えて授業を作り上げていこうと考え、私が高校で教えていたときのようなペアワークやグループワークやゲームを取り入れた授業スタイルに切り替え、授業がうまくいくようになりました。
 それぞれ週に1回ずつ担当した中級、上級の授業では主に会話と日本文化について授業をしました。書道・すごろく・ポッキータワー・折り紙などの活動や、着物・お箸の使い方・芸能などの日本文化についてパワーポイントを用いて説明をしました。また、応募書類に日本語を教える際はCLIL(Content and Language Integrated Learning、内容言語統合型学習)を行いたいと書いたのですが、日本語と料理を組み合わせた授業をすることができました。味噌汁とお好み焼きのレシピを平易な日本語に書き直し、学生にレシピを読んで理解をしてもらい、実際に作りました。言語を学ぶ上で、言語と文化は切り離せないものであるにもかかわらず、授業ではただその言語を教えるということにフォーカスしてしまいがちです。しかしCLILは、共同してコミュニケーションをとりながらその言語と文化を学ぶことができる有効な学習方法だと思いました。  

3. 秋学期に受講した授業について
 秋学期にはSociological principlesとFood, Culture, Languageという授業を受講しました。Sociological principlesは基本的な社会学の理論や方法を学び、宗教や教育やジェンダーといったものが現代アメリカにおいてどのような役割を果たしているのか、社会学の理論に当てはめながら考えていきました。構造機能主義やシンボリック相互作用論といったようなアメリカならではの社会学の理論も学ぶことできました。受講者は150人いたものの、日本の講義形式のような一方的に教授が喋るという授業ではなく、毎回近くの学生とのディスカッションの後全体でディスカッションがあるなど、インタラクティブな授業でした。また、教科書を読んできちんと予習し、パワーポイントの助けを借りながら授業に臨むと完ぺきではないとはいえ大部分の内容を理解ができ、私の自信につながりました。
 Food, Culture, Languageの授業では、まず形態論、意味論、語用論、音声学、音韻学などの言語学のそれぞれの分野を概括的に学びました。この中で特に印象的だったことは、日本で演繹的に学んだ言語学が、アメリカでは帰納的にアプローチをして学んだことです。例えば、日本の音声学では、発音記号を学んだあと実際にその発音記号通りに単語を発音するという流れだったのに対し、アメリカではまずその単語を発音して、発音記号に直していきました。また、授業のタイトル通り、言語学の観点から食べ物と文化について学びました。例えば、なぜ「乾杯」のことを“‘Toast”と言うのかというような話など、日本で教壇に立つ機会があれば、ぜひ生徒と共有していきたいような内容ばかりでした。

4. ララミーでの生活
 恐れていた寒さですが、こんなに過ごしやすい冬は初めてというほど快適です。廊下やトイレにまで暖房がついており、部屋の中は大体20℃ほどあります。乾燥しているので体感温度はそれほど寒くないように思いますし、12月にワシントンD.Cに行った時、外の寒さは変わらないように感じました。むしろ、部屋の設定温度が低いため、より寒く感じました。
 ララミーでは、大学からバスで10分ほど離れた大学が所有するアパートに1人で住んでいます。徒歩3分ほどのところにスーパーがあり、そこで食材を買って自炊をしています。驚くことに、ララミーでは醤油や味噌やみりんや日本酒といった日本の調味料が手に入るので、食のストレスは少ないです。また1カ月に1回ほどデンバーに行き、アジア系スーパーで買い物をしています。1人で住んでいるものの、ファミリーフレンドシップという制度を利用してホストファミリーを大学から紹介していただき、ホストファミリーのご自宅でご飯を食べたり買い物をしたりして、リアルなアメリカの生活を楽しんでいます。
 ワイオミング大学では大きな大学ということもあり、留学生向けの活動が充実しています。週に3回ほど、留学生やアメリカ人の学生と交流する機会があります。またグローバルバディという制度を利用して、自分との興味が似ているアメリカ人学生を紹介していただき、その学生とご飯を食べに行ったり、スポーツを観戦したりイベントに参加するなどしました。

 気づけばワイオミング大学での日々も半分以上が過ぎています。残りの3カ月半の授業では伝えきれないほど、学生たちに伝えたいことがたくさんあります。だからこそ、きちんと授業を練り上げて、充実した授業を行っていきたいと考えています。

11. 斎藤真知 Spelman College, Atlanta, GA

中間レポート


日本語クラス
 ジョージア州アトランタのスペルマン大学に派遣されている斎藤真知です。スペルマン大学はHBCU(Historically Black Colleges and Universities)と呼ばれる大学の一つで、アフリカンアメリカンの学生が大多数を占める女子大学です。このレポートではFLTA応募から渡米後のオリエンテーション、TAの仕事、学生として受講した授業とスペルマン大学での生活について書きます。

応募からサマーオリエンテーション
 私はこのプログラムの先生として日本語を教える立場と、学生として勉強する立場の両方を経験できる点に魅力を感じました。また、中国の大学で学部生として留学をしていたのですが、その時に中国人に日本語を教えていたことがあり、その経験も活かせるかなと思い、応募を決めました。プログラムの選考過程をざっくり書きますので、応募を検討されている方、または結果待ちの方のご参考になればと思います。私は8月末に応募書類を提出しました。願書、TOEFLのスコアや推薦状など多くの書類を準備する必要があったため、作成から提出までとても時間がかかりました。そして9月中旬に面接の通知が入り、9月末に面接を受けました。10月中旬に日米教育委員会から米国側に推薦をしていただけるとの連絡が入り、翌年の4-5月に最終結果が出るとも伝えられました。翌年の三月中旬に候補者と派遣先大学がお互いに希望を出し合うマッチングシステムについての案内が届き、5月の中旬に派遣先大学と渡米後のオリエンテーション先が決定したとの連絡がありました。約8か月間の選考期間を経て、この時点でようやくFLTAとして渡米できると分かりました。しかし、最終結果が出てから渡米するまでの時間は短く、必要な書類作成や渡米の準備に追われていました。そして6月中旬には壮行会が行われ、一緒に渡米する他のFLTAの皆さんと、アメリカから帰国したばかりのFLTAの先輩たちにお会いすることができました。
 渡米後、まず向かったのは派遣先のスペルマン大学ではなく、サマーオリエンテーション先のノートルダム大学です。アメリカで生活・仕事するうえで注意すべきこと、大学のシステムや教授方法等についての講義があり、とても充実した5日間でした。世界各国からFLTAとして集まった人たちと出会い、様々な経験と目標を持つ人たちと交流することで、大きな刺激を受けました。

TAの仕事について
 私は授業を進める教授をアシストするアシスタントとして派遣されました。前期の秋学期は初級クラス101-01(50分x週3回)、初級クラス101-02(75分x週2回)、中級クラス202 (50分x週3回)、上級クラス303 (50分x週3回)の4コースに参加しました。テキストは「げんき」を使用しており、そのほかに教授が作成したプリントも使用しています。授業内では、私は主にコンピューターの操作や、発音の指導、学生の会話練習の指導をしたりしています。授業外では、週二回のTutoring Hourにオフィスで学生の日本語学習の指導や宿題の質疑応答をしています。そのほかには、学生が提出した宿題やテストの採点、授業で使用する資料を集めたりしています。英語を母国語とする人に、文字も文法も全く異なる日本語を教える難しさと、彼らにとっての日本語を学ぶ難しさを知りました。苦労しながらも、あきらめずに日本語を頑張って勉強してくれている学生にはいつも感謝をしています。

受講した授業について
 秋学期はInternational StudiesとAsian Studiesの2コースをAuditしました。Auditの場合は授業に参加するだけで、課題等はやらないでもよいというのが一般だそうですが、International Studiesの教授には宿題やプレゼンテーション、論文を提出することを要求されたため、この授業にはかなりの時間をかけなくてはいけませんでした。ディスカッションが多い授業だったので、授業中はよく日本人として、またアジア人としての意見を求められました。そのため自分の発言には大きな責任を感じ、常に慎重に話すように心がけていました。また、アメリカの学生が世界で起きていることについてどのような考えを持っているのかなど、異なる視点を知ることができてとても新鮮でした。Asian Studiesの授業では日本、中国、インドの三か国の歴史、政治、社会などの面が紹介・比較されました。この授業もディスカッションが中心の授業だったため、アメリカの学生が日本や中国に対して持っている理解、時にはびっくりさせられるイメージを知ることができて面白かったです。

アメリカでの生活について
 スペルマン大学は住む所と一日三食の食事を全て提供してくれるので、基本生活上で困ることは全くありません。自由に利用できるwellness centerもあり、私はできるだけ毎日ジムや水泳に通うようにしています。また、キャンパス内にはセキュリティーオフィサーが常にパトロールしており、学生の安全を確保してくれています。しかし、キャンパス外は治安があまり良くないので、一人で外に出かけることはできません。ショッピングモールなどへ行きたい場合は、キャンパスから歩いて10分程度のところから電車に乗っていくことができますが、外を歩くのは危険なので、いつも友人と大学のシャトルバスを利用したり、Uberを利用しています。

 このレポートを書いている今、春学期が始まってからすでに1週間が経ちました。秋学期の経験やワシントンDCで行われたFLTAカンファレンスで受けた刺激をもとに、秋学期よりもさらに頑張りたいと思います。

12. 嶋田純也 Carleton College, Northfield, MN

中間レポート


共有スペースにて、中国語オフィスの飾りつけを
手伝いました。
左から:嶋田、日本語受講学生のローゼンバーグさん
(2年生)とドラックマンさん(4年生)。
 ミネソタ州カールトンカレッジに勤務しております嶋田純也と申します。今回の中間レポートでは、カールトンカレッジの様子、業務内容、学生として受講した授業について述べたいと思います。
 カールトンカレッジは、コーン畑と自然に囲まれ、一歩外にでれば野生のリスを至る所に見つけることができる大学です。歩いて15分下った場所にダウンタウンがありますが、端から端まで歩いても15分とかからない小さな町です。都心のミネアポリスへは、キャンパスからバスがでていますが、片道1時間30分で往復30ドルの費用が必要なため、ほとんどの学生はキャンパスに留まっています。大学周辺には若者の興味を引くような施設は何もなく勉強するには最高の環境といえます。そのためか、勉強が大好きな学生が集まっており、皆、心から勉強を楽しんでいる印象を受けます。3学期制で1学期10週間と短いですが、学生の勉強に対する意識は日本の大学と比べ物にならないくらいと高いと感じています。まず驚いたのは、1学期に3つの科目を受講し、少人数クラスで集中的に学ぶことです。言語の60分授業を受講すると週5日ありますが、それ以外は週2日あるいは、3日です。1教科につき毎日授業外で2時間以上の宿題が課されます。アメリカ人学生にとって、2時間ですから私はその倍の時間が必要となります。学期が終了した頃には、受講した科目について30分程度話し続ける知識を獲得することができます。リベラルアーツの教養大学でもともと教養の高い学生が、互いに切磋琢磨しながら自身の教養の幅を広げていく姿には感銘を受けます。また、学生はGPAの成績について意識が高いのも特徴の一つだと思います。10週間の間に7週目の終わりまでGPAが付与されないドロップ制度が設けられていることに驚きました。このように勉強に対する意識が高く、勉強第一の学生は、例え部活動のためにキャンパス外で週末に試合があっても10週間の間は真っすぐ帰省し、宿題をこなしている印象です。
 次に私の業務内容ですが、先に述べた学生の生活に負けない忙しい生活を過ごしています。午前中は授業観察、午後は課題の採点、文化イベントにオフィスアワー、ランチテーブル、日本の映画鑑賞と仕事が次々から次へとあります。空いている時間に学生として授業を受講し、その科目の宿題をこなすため夕食時には、朝おこなったことが遠い昔のように感じます。学生は、私のことをアシスタントというよりも先生と見なしているために、常に背筋が伸びた状態で学生に接しています。授業観察では、1年生のクラスを全て観察しました。私にとって母語である日本語を第二言語学習者がどのように頭の中で単語と単語を組み合わせ、文章にしているか理解できたことは大変勉強になりました。冬学期は、毎週金曜日におこなっていた音声教材を使用しての会話練習に加え、新規の文法事項を使用したアクティビティも自分で考え、行うことができますので、指導していただける先生の指示を参考にしながら積極的に学びたいと思います。
 学生として受講した授業は、言語学コースの第一言語習得です。2-5歳児までの赤ちゃんのお宅に毎週1時間訪問し、言葉を身に付ける過程や発話を観察しました。観察や毎週の授業で得た知識をもとに私の訪問先であった5歳児の赤ちゃんに予備実験をおこない、その結果得られた情報をもとに仮説を立て最終実験の枠組みを論文形式でレポートにするのが最終課題でした。毎回の宿題は、参考書と論文合わせ80ページ程度の読書量が求められました。私が日本で言語学を勉強していた時は、英語の論文を正確に論理立てて読めることが能力の一つと理解していましたが、英語が母語であるアメリカの学生は、当たり前のことかもしれませんが専門的な用語さえ辞書やインターネットで調べれば、文章の内容は大まかに把握できることを改めて目のあたりにし、彼/彼女らへある種の嫉妬を感じました。しかし、第一言語習得の授業を通し、乳児や幼児がどの年齢や環境下で母語である言語や構文を習得、獲得するか理解できたことは、裏を返せば、成人の大人が母語以外の第二言語、例えば日本人が英語の発音や音声を正確に習得するのは大変時間がかかることを科学的に学ぶことができました。このことは、私が将来、対面することになるであろう英語の習得が思うようにはかどらず苦手意識を持っている学生の何故?日本人は英語の習得に時間がかかるのかという漠然とした問いに自らの実体験だけではなく、論理的に説明することができるようになったという点で、大変有益であったと思います。
 最後に、忙しくあっという間に終わった秋学期が終了し、冬休みはワシントンDCでのフルブライト会議やその後のアメリカ旅行と心身ともにリフレッシュすることができました。各地を巡り多くの人々に出会い、アメリカの多様性や人々の開かれた心を感じることができたのは、このプログラムの目的の一つだと改めて感じました。残された冬学期、春学期もカールトン大学の日本語教育に貢献し、自分自身の能力も一層伸長できるよう研鑽に励みます。

13. 高田安希子 Elms College, Chicopee, MA

中間レポート


アーカンソー大学でのオリエンテーション
1. Elms Collegeについて
 派遣先であるElms Collegeはマサチューセッツ州の南西部にある生徒数1300人ほどのカトリック系リベラル・アーツ大学です。大学自体は大きくありませんが、少人数制のきめ細やかな授業を行なっており、学生同士または学生と教授がすぐに親しくなれる環境が整っていることがこの大学の魅力です。Elms CollegeのあるChicopee市は人口約55000人の落ち着いた町で、レストランや娯楽施設は少ないですが、車で10分ほどのSpringfieldまで行けば、高速バスを使いボストンまで2時間、ニューヨークまで3時間ほどで行くことができます。私の他にアイルランドからのFLTAが派遣されており、2人でオフィスをシェアしています(彼女は私のハウスメイトでもあります)。同じ立場のFLTAがいることは心強く、いつも助け合いながらFLTAとしての活動に取り組んでいます。

 Elms Collegeでは、2年に1度、高知県立大学への短期留学プログラムがあり、それに合わせて日本語クラスが開講されています。2010年度から2014年度まで、隔年でFLTAが派遣され、2016年度はアメリカ人の方が日本語を教えていました。また、毎年2〜3月にかけて、高知県立大学の学生が短期留学して来ることもあり、Elms Collegeにアジア系の学生はほとんどいないにも関わらず、多くの学生・教授が日本に興味を持ってくれています。日本語クラスの学生の中には、日本語の授業と留学プログラムがあるからElms Collegeを選んだという学生もいて、授業を任される身としては責任を感じますが、その分とてもやりがいがあります。

2. 日本語クラスやprimary teacherの役割に関して
 Elms Collegeに派遣されるFLTAは、アシスタントではなく、primary teacherとして授業を担当することになります。他に日本語を担当する教員はおらず、授業の進度や成績など、日本語クラスに関することはほぼ全てFLTAに一任されています。私は日本語教育について学び、日本と海外で日本語教育に携わった経験がありましたので、primary teacherとして授業を担当し、生徒と密に接する機会がいただけたことを非常に嬉しく思っています。


日本語クラスでのオノマトペと習字の授業
 秋学期は、初級クラスを2コマ、オフィスアワーを2コマ受け持っています。授業の中で力を入れていたことは、文字・語彙学習と会話練習です。文字・語彙学習となると、自力で覚えるしかない、というイメージですが、それを楽しく活動的なものにするため、絵や写真を活用する、語呂合わせを作る、歌を歌う、カルタや習字などの日本文化を取り入れる、パソコンや携帯のアプリ・ゲームを活用するなど、基本的なことばかりかもしれませんが、学生が新しい文字・語彙を学ぶことを苦痛に感じないように努めました。会話練習の面では、このクラスには、日本人留学生2名が参加してくれているので、日本語ネイティブとの会話の機会を多く設けるようにしました。ただ、今まで1人で授業をしたり、アシスタントをしたりという経験はありましたが、授業を手伝ってもらうという経験は初めてで、何を2人にお願いすればいいか戸惑うところもありました。今後は、2人をうまく巻き込んで、いかに活発な授業を展開していくかが、私の教師としての成長ポイントだと感じています。また、オフィスアワーでは、他の授業の関係で日本語クラスに来ることができない学生に対しての個人授業と、日本語学習に苦手意識のある学生に対しての補習を行なっています。テスト前になると、自主的に補習を希望する生徒がほぼ毎日オフィスに来るようになるのでとても忙しかったですが、分からなかったことが分かった!と喜んでいる顔を見ていると、ここで日本語を教えることができて本当に良かったと感じました。

 授業外では、2人の教授から依頼があり、gender & diversityという経済学のクラスと、教育実習生向けの教育学のクラスでプレゼンテーションをしました。私は日本での教員の経験もあるので、前者では日本の文化や学校生活について、後者では日本の教育システムについて話をしました。日本語クラス以外で話すのは緊張しましたが、学生たちが日本とアメリカの違いについて活発に発言してくれたおかげで、私もアメリカの文化を学ぶことができ、非常に有意義な時間でした。また、オープンキャンパスや奨学金に関するミーティングに出席したり、教授の一員として大学の行事に参加したりと、この半年の間でElms Collegeの教職員の一員としてたくさんのことを経験させてもらいました。

3. 履修した授業に関して
 Elms Collegeでは、担当している日本語クラスを最優先にするため、それ以外の時間の授業の中から、自分の興味があるものを履修・聴講することになります。  ①Writing Workshopは、学校(主に幼稚園〜小学校)でのwritingの指導方法(how to write like a writer)を考えるクラスでした。本、詩、絵本を読んでwritingの技法を学び、それをどう授業に取り入れるかを考えました。また、rhymeやmetaphorなどの技法を使って文を書く時間がありましたが、私にとっては非常に難しかったため、教授や他の学生にサポートしてもらいながら課題に取り組みました。
 ②Middle/Secondary Curriculum and Cultureのクラスでは、アメリカやChicopee周辺の教育制度、カリキュラムや授業プランの組み立て方を学びました。地域の学校で教員として働かれている方が多く受講していたため、生徒や教育現場の話になると討論がとても活発になり、それに着いて行くのに精一杯でなかなか発言ができなかったことが反省点です。しかし、今現在のアメリカの教育現場で奮闘している人たちの話が聞け、授業プランを学ぶことができ、非常に勉強になりました。

4. 派遣までの流れ
 私自身、先輩方が書いてくださっていた派遣までの流れを参考にしながら、このプログラムに応募したので、私も2018年度派遣までの流れをお伝えします。
 【9月上旬】面接の日程が届きました。面接は平日でした。【9月下旬】東京で面接(日本語と英語)がありました。【10月中旬】候補者として選ばれたとメールが届きました。この時点ではまだ確定ではありません。【12月】IELTSを海外で受けていたためスコアの発送がうまくいかず、IIEに発送できたのは12月でした。【3月下旬】候補大学(1〜5校)とのマッチング、健康診断・予防接種の準備の連絡が来ました。予防接種にかかる日数を早めに病院に確認しておくことをおすすめします。【5月上旬】派遣大学、アメリカでのオリエンテーション先、渡米の日にちが決まりました。この時点から30日以内に健康診断・予防接種の書類を提出します。supervisorの先生とも連絡を取り始めました。【6月中旬】渡米前オリエンテーションが東京でありました。【6月下旬】ビザの申請に関する書類が届きました。【8月中旬】アメリカでのオリエンテーションに参加するため渡米しました。(Fulbrightに提出する健康診断書とは別に、大学用の健康診断書の提出を求められましたが、実際にこちらに来てみるとその必要はないようでした。送られてくる書類が全てではない場合があるので、自身のsupervisorにしっかりと確認することをおすすめします。)

5. 最後に
 秋学期の締めくくりとして、12月にワシントンDCでのカンファレンスに参加しました。日本人FLTAでソーラン節を踊る予定でしたが、抽選に落選してしまい、Culture Fairで習字コーナーを設けることになりました。しかし、そのおかげで多くのFLTAとコミュニケーションが取れ、FLTAの中にも日本や日本語に興味を持っている人がたくさんいることに驚かされました。このカンファレンスで最も良かった点は、他のFLTAと今までの活動内容をシェアできたことです。他の人と比べて私は何もできていない…という気持ちにもなりましたが、現状に満足するのではなく、もっと積極的に動こう!と、自分を鼓舞する貴重な機会になりました。秋学期は新しい環境に慣れることで精一杯、日本語クラスとその生徒に関わることで精一杯になっていましたが、春学期はElms College全体、または大学外にも関わっていけるように精進していきたいと思います。

14. 田邊こころ University of Miami, Miami, FL

中間レポート

 わたしが派遣されているマイアミ大学は、今回が初めての日本人FLTAの受け入れということで、出発前は色々と不安もありましたが、他の日本語の先生方や、同僚たち、他のFLTAや友人たちなど、たくさんの温かく素敵な方々に支えられながら、非常に良い時間を過ごさせていただいています。初めての派遣先大学ということなので、今回のレポートでは大学や街の雰囲気などを中心に報告したいと思います。

フロリダ州 マイアミについて
 マイアミ大学は名前の通り、フロリダ州マイアミに位置しており、1月という真冬にもかかわらず、現在の外気温は23℃と、まさに今が一年で一番涼しく、気持ちの良い季節です。マイアミと聞くと、よく映画やドラマで出てくるリゾート地のイメージが強いかと思いますが、実際に日本人は非常に少なく、わたしが”日本から来た”と言うと、毎回とても珍しがられます。マイアミに来て一番はじめに驚いたことは、街を歩くと英語よりスペイン語のほうがよく耳に入ってくるということです。というのも、マイアミという土地柄、キューバやメキシコ、ペルー、コロンビア、プエルトリコ、ブラジルなど南米出身の人が多くいます。日本では出会うことのなかった色々な地域や国の人たちと出会えるのがわたしにとってはとても刺激的で楽しいです。Uberのドライバーなどはだいたいスペイン語話者のため、徐々にスペイン語での挨拶も覚えてきました。また、それぞれの国の本格的な料理が安く食べられるのも、マイアミにいる中での楽しみのひとつです。

マイアミ大学について
 大学のキャンパスは、マイアミらしく、あちこちに綺麗なヤシの木が生えており、大学とは思えないほどとても美しいキャンパスです。緑が多く、たまにキャンパス内でイグアナに遭遇することもあり、まさに植物園や国立公園にいるような感覚です。また、キャンパス内にハンモックがかかっていることもあり、そこで本を読んだり、のんびりとくつろいでいる学生が見られるのも、暖かいマイアミならではの光景だと感じます。

TAとして
 秋学期はTAとして初級の4クラスを見学しながら、学期の後半は実際にクラスを教える経験もさせてもらいました。クラスでは、会話のやり取りの例として学生の前でデモンストレーションをしたり、アクティビティの際には教室を歩きながら学生の質問等に答えたりしていました。日本語を教えるということ自体が初めての経験であるため、クラスを見学しているだけでも「なるほど!」と思うことがとても多く、新鮮で面白いです。特に学生からの質問では、自分では意識したことや、考えたこともなかったようなことを聞かれることもあり、その度に私自身も学生と同様に新鮮な気持ちで、日本語について学んでいます。また、同じレベルのクラスの授業であっても、それぞれの先生によって教え方のスタイルも全く違うため、限られた授業時間をどのように使って進めていくのかという点でも学ぶことが非常に多いです。
 マイアミ大学の日本語学科は、言語の中でも比較的新しい学科ではありますが、日本語の人気が高まっているようで、クラスの数や履修する学生の数も多いです。特に小さい頃からアニメや漫画などを通して日本や日本文化に興味を持つ学生も多く、日本への関心の高さを肌で感じます。
 秋学期はTAとして、週3回のTutoringと週1回のLanguage Table、2か月に1回のMovie Nightも担当しました。Language Tableというのは、日本語で会話の練習をするイベントです。回ごとにTopicを決め、そこに集まった学生同士で、習った日本語や新しく学んだフレーズなどを使って日本語の会話を練習するというものです。日本語を履修している学生の参加は自由ですが、毎回20人近くの学生が来てくれたりと、賑やかな雰囲気で開催されています。学生にとって、週3回の1回50分の日本語クラスではどうしても実際の会話の時間が限られてしまうため、学生の日本語を話す機会を増やすためにどうしたら良いかと考えながら、毎回工夫をしたり、試行錯誤をしながら進めています。Movie nightは先学期に2回開催しましたが、それぞれ70人ほどが参加してくださり、大きなイベントとなりました。特に1回目は『となりのトトロ』を上映しましたが、比較的簡単な会話も出てくるため、習ったことのある単語やフレーズを映画に続いてリピートしている学生も見られました。わたし自身も子どもの時に観た以来でしたが、今改めて観てみると、随所に日本の古き良き時代の家や家族形態、慣習等の描写もあり、日本文化を学ぶという観点からもとても良い映画だと思いました。

Cultural Ambassadorとして
 マイアミ大学にはJapanese Cultural Circleというサークルがあり、私もその一員として参加しています。毎月テーマを決め、日本文化に関するイベントを開催しています。例えば先学期は、ラーメンやおにぎりといった食べ物の歴史や、由来、作り方などを紹介し、その後実際に作り・試食するイベントを開催したり、折り紙の回では、最初に折り方を教えたあと、一緒に難易度の高いものに取り組んだりもしました。特に折り紙は、鶴をその場で折って渡すだけでもとても喜ばれ、こちらに来てから何羽の鶴を折ったかわからないぐらいです。特に和柄など、日本らしい柄付きの折り紙を持っていくと喜ばれると思います。

履修した授業について
 秋学期は第二言語習得論と教授法に関するクラスを2つ履修しました。
マイアミ大学では聴講という形が取れないため、すべてCreditでの履修となります。また、大学院生レベル以上の授業を履修しなくてはならないため、授業自体のレベルが非常に高く、また、予習のreadingや宿題の量もとても多いため、非常に苦労しました。ですが、このプログラムに応募した理由のひとつに、アカデミックの面から第二言語習得論やTESOL、言語学・教育学を学びたいという想いがあったため、自分の興味のある分野をアメリカの大学で専門的に、かつ現地の大学院生と共に学べたことは非常に貴重なものでした。特に、他のクラスメイトは実際にマイアミ大学でスペイン語や、ポルトガル語、フランス語、中国語など、他の言語を教えているプロフェッショナルな先生方であったため、授業はセミナーのような形で、それぞれ自分のクラスで教えている際に抱える問題や、困っている点、効果のあった教授法など、クラス内での実体験をシェアするような形式で進みました。まだ経験の浅いわたしにとって、毎回の授業では目から鱗が落ちるような話ばかりで、学ぶことが非常に多かったです。そしてこのクラスで学んだことを実際の日本語のクラスでも取り入れてみたりと、学んだ理論をすぐに実践に移すことが出来るのも、このプログラムの醍醐味だと感じました。
 わたしはこのプログラムに参加する前に日本で数年英語教育に携わっていましたが、他のFLTAのように教育学や言語学等を専門的に学んだ経験がありませんでした。そのため、今後も言語教育に携わり続ける上で、一度アカデミックの観点から、そういった分野の知識や理論をきちんと学びたいと思ったのが、このプログラムへの想いのひとつでした。その点で、秋学期は期待以上の形でその目的が達成されたと感じています。

その他の活動
1.ボストンキャリアフォーラムと他大学への見学
 11月にはボストンのボストンキャリアフォーラムに行ってきました。日本の友人たちが採用側としてこのフォーラムに来ていたため、会いに行きがてらという形でしたが、私自身も前職で採用関連に携わっていたため、海外の学生がどのように就職活動を行っているのかを実際に自分の目で見られる良い機会となりました。 また、せっかくボストンまで足を運ぶのだからと思い、同じFLTAの木村さんに連絡を取り、彼が派遣されているブランダイス大学の日本語クラスを見学させてもらう機会を頂きました。同じアメリカであっても、日本語の授業の進め方から、週のクラスの回数や時間量、また、学生の雰囲気も全く違ったので、非常に興味深く、新たな発見も多くありました。なかなか他の大学の日本語クラスを見学する機会はないと思うので、もし機会があればぜひ訪れてみると面白いと思います。
2.マイアミ大学での落語公演
 年明けの新学期の初日には、マイアミ大学の日本語学科に落語家の柳家東三楼さんが来てくださり、日本語と英語で落語公演をしてくださいました。日本語クラスを履修している学生を中心に70人以上が集まり、大変盛り上がった会となりました。私自身も日本で何度か落語を聞きに足を運んだことがありましたが、英語での落語は初めてだったので、非常に面白く、貴重な機会でした。また、この公演の話を他の大学に派遣されている台湾のFLTAにしたところ、とても興味を持たれ、ぜひ師匠をうちの大学にもお呼びしたいということで、そちらの大学の日本語学科の先生に、柳家師匠をおつなぎすることも出来ました。早速そちらの大学でも、来年の公演実現に向けて動いているところだそうです。
3.マイアミマラソン出場
 つい先日は地元の”マイアミマラソン”に出場してきました。地元と言いながらも、2万人以上が走る大きなイベントで、出場者もアメリカ全土や南米の国々からなど、国際色豊かで非常に賑やかでした。海外の大会らしく、他のランナーたちも非常に陽気で、まさにお祭りのような雰囲気の中で走ることができ、とても楽しい経験となりました。わたしは日本人として登録したため、ナンバーにも日本の国旗がついており、まさに日本人として日の丸を背負って走っている気分になりました。スタートが早朝6:00だったため、2:30起きでしたが、幸い天気にも恵まれ、20℃前後と走りやすい気温の中、マイアミのダウンタウンやビーチ沿いを走るのは最高に気持ち良かったです。完走のメダルもマイアミらしくカラフルなデザインで気に入っています。

後期に向けて
 春学期はわたしの希望で、すべてのレベルの日本語クラスをまんべんなく見学しながら、初級向けのクラスで何度か教える機会も作っていただく予定です。英語で他の言語を教える様子を見ることが出来るのはアメリカにいるからそこの機会なので、今学期は日本語クラスに限らず、他の言語のクラスも見学し、色々な先生の良い所を吸収出来たらと考えています。また、後期はよりフットワーク軽く、色々なところに積極的に顔を出し、一日一日を大切にしながら、日々新しいことを学んでいきたいと思います。