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フルブライト語学アシスタントプログラム(FLTA)

2020年度 参加者レポート

2020年度参加者 
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1. 石田秀憲 Northeastern State University, Tahlequah, OK

 オクラホマ州のノースイースタン州立大学に派遣されていた、石田秀憲です。当初の予定では2020年の夏から派遣されるはずでしたが、新型コロナウイルスの感染拡大により、予定を変更せざるを得なくなりました。オンライン授業という形でFLTAの活動を始めたり、派遣の1年延期をしたりする選択肢もあったかと記憶しています。しかしながら、私は家庭の事情もあり、派遣期間を春学期のみに短縮する選択肢を選びました。

応募のきっかけ
 学生時代から、外国人の方々に日本語を教えることに興味をもっていました。さらに、海外の大学の教壇に立ってみたいという夢も抱いていました。愛知県の高校で英語教員として働き始めて数年経ったある日、教員向けの文書を見ていると、その中にFLTAの募集に関する文書を見つけました。どうしても応募してみたいという気持ちが抑えきれず、2人目の子どもの育児休暇を妻が取得するタイミングで応募しました。家族は勿論のこと、今回の派遣に関して協力してくださった職場にも大変感謝しています。

出国までにしてきたこと
 このFLTAプログラムのために始めたことではありませんが、ケンブリッジのTeaching Knowledge Testについて学んでおいたことは大変役立ちました。高校教員として働く傍ら自己研鑽にも励み、英語検定1級を取得したことも自信をもって教壇に立つ支えになったと思います。しかしそれ以上に取得(勉強)しておいて良かったと思うものは、日本史検定と全国通訳案内士です。結果として合格か不合格かはさほど重要ではないと思いますが、このFLTAプログラムに興味のある方は、【日本のことをどれだけ知っていて、それをどう英語で発信するか】という観点で準備をされるといいと思います。マンガやアニメといったサブカルチャーに興味を持ってもらうことも有意義だと思いますが、FLTAとして活動される方は、日本の伝統に関する知識もつけておくことも必要だと思います。

【Elementary Japanese Ⅰ】 の授業担当として
 ノースイースタン州立大学は私より以前に日本人のFLTAが派遣されたことのない大学で、日本人が非常に少ない地域に位置しています。コロナ禍での渡米に加えて、現地の多くの人々にとって私が初めて会う日本人であるという事実に、緊張と不安の混ざった思いで初日を迎えました。しかし、スーパーバイザー(担当教授)をはじめ、多くの先生方や学生たちが温かく私を迎え入れてくれ、不安はすぐに払拭されました。日本語を流暢に話すことのできる人は私一人で、Primary Teacherとして50分の授業を週に3回担当しました。対面参加もオンライン(Zoom)での参加も認められるハイブリッド形式で行われ、20人弱の学生が受講しました。工夫した点は、PowerPointやQUIZIZZなどを使って、毎回変わる学生の参加人数に対応した点です。全ての学生が初級レベルであるため、視覚効果を多く用いて学生の興味を失わないように気をつけました。数回行った授業アンケートから、授業に対する学生の全体的な満足度を保つことができたといえます。しかし、学生が自ら考えた会話や文章を発表する機会をもう少し設けるべきだったと反省もしています。初級レベルの学生が楽しめる活動を多く設けることができた一方で、教科書から更に発展してパーソナライズされた作文や会話に取り組んでもらえる時間が少し足りなかったと思います。

Japanese Club と Japanese Conversation Hour について
 上記の授業に加えて、Japanese ClubとJapanese Conversation Hourへの参加が活動の一部となっていました。前者は学生が主導のクラブに助言する立場で、後者は教科書から離れて日本語を用いての会話を楽しむ時間を私が主導する立場です。私より以前にFLTAが日本から派遣されていないことやコロナにより秋学期の派遣が中止になったことなどが原因で、Japanese Clubは大学から公式に認められていないクラブであり、予算もつきませんでしたが、私が日本から持って行った折り紙や書道セット、紙相撲セットなどを使って週に1度の60分の時間を10名弱のクラブの学生たちと過ごしました。特に書道は人気がありました。Japanese Conversation Hourは週に2度、60分程度行われ、参加は完全に自由です。私の授業を受講していない学生も参加できることにはなっていましたが、受講している学生以外の参加はありませんでした。日頃の授業だけでなく、もっと日本語を学びたい意欲のある学生が毎回3~5名ほど参加し、口述テストや中間テスト、期末テストなどが近づくと更に数名の参加がありました。初級レベルの学生たちなので、フリートークというには難しいので、こちらでアクティビティやゲームを準備する必要があり、アイデアを考え出すのには苦労しましたが、参加していた学生たちがどんどん日本語の運用能力を向上させていくのを感じることができ、有意義な時間でした。

受講した授業について
 私は学生の立場として、4つの授業に参加させていただきました。1つはIntroduction to American Indian Studiesで、ネイティブアメリカンの人達の文化や考え方に触れ、知見を広めることのできる授業でした。オクラホマ州、とくに大学の位置するタレクアはネイティブアメリカンの方々が多く、この授業を受講したことで大学周辺の歴史についても学ぶことができました。その他の3つの授業は全て同じ教授が担当される授業で、アメリカで英語の教員を目指す学生が受講する授業で、教員という仕事、英語を教えるということについて深く考え、学生や教授と意見を交えました。課題も多く、授業についていくのは決して楽ではありませんでしたが、同じ教職を志す学生と学んだ時間は、貴重な経験でした。また、インターンシップ(教育実習のようなもの)でクラスメイトが近隣の高校で授業しているところを参観させてもらう機会もいただけて、有意義なものでした。FLTAは必ずしもテストを受ける必要はないようですが、課題も全て提出し採点してもらい、テストも受けました。最後まで他の学生とともに受講できたことは、達成感に繋がりました。

その他
 コロナウイルスの感染拡大だけでなく、滞在中にオクラホマ州は大寒波に襲われ、大学が数日間閉鎖され、滞在先の部屋の中からオンライン授業を行うという珍しい経験もしました。イレギュラーなことが多い中で、担当教授をはじめ多くの現地の方々が支えてくださったおかげで、非常に充実した日々でした。週に1~2度、日本にいる家族とビデオ通話をしたことも励みになりました。また、同じ大学にアルゼンチンから派遣されたFLTAにも助けられました。彼女と企画し、大学に所属している留学生とともに開催したInternational Dayというイベントは予想以上に多くの方々の参加があり、大成功を収めました。その際、Japanese Clubの学生が折り紙や切り絵でテーブルを装飾し、参加者に書道を紹介している姿を見て、自分の活動の意義を更に感じることが出来ました。そしてタレクアは公共交通機関もほとんど利用できない田舎でしたが、毎週のように教授たちや学生、もう一人のFLTAが催し物を紹介してくれ、積極的に参加していくことで、この上ないほど充実した日々となりました。次第に交流の輪も広がっていき、教授たちやクラスメイトの家族、卒業生などとも連絡をとるようになりました。この機会を支えてくれた人々、そして出会ったすべての人々に感謝しながら、今後の教育活動にこの経験を活かしていきたいと思います。私がFLTAを検討されている方々に伝えられることは、とにかく積極的に機会を利用していただきたいということです。積極的に応募する、発信する、そして人々と関わっていくことです。上手くいかないこともかけがえのない財産になると思います。「教科書【を】教える」のではなく、「教科書【で】教える」ことの出来る英語教員には、そういう姿勢が必要だと思います。

2. 森薫葉 Ramapo College of New Jersey, Mahwah, NJ

 2021年1月から5月までの1学期間、ニュージャージ州のラマポ大学に派遣されていた森薫葉です。今年は新型コロナウイルスの影響で、本来2020年8月から始まるはずのプログラムが、5か月遅れてのスタートとなりました。渡米後もパンデミックの影響は避けられませんでしたが、そんな中でも実りのある時間となりました。このレポートでは、準備期間から活動終了後の現在に至る一連の活動についてお伝えします。

準備期間
 前述の通り、今年は新型コロナウイルスの影響でプログラム開始が5か月延期となりました。延期と言っても、はじめから5か月延期されることが分かっていたわけではなく、どうなるか分からない宙ぶらりんの状況が数か月続いていました。パンデミックが始まった2020年3月に私は大学院を卒業しており、待機中は職についていませんでした。そのためプログラムが始まるまでは日本語学校でオンラインインターンをしたり、日本語教師コミュニティに参加しセミナーを受けたりしながら、プログラムへの準備をしました。後でも述べますが、派遣されたラマポ大学で、私はプライマリーティーチャーとして、シラバス作成から成績評価まで日本語授業に関わる全ての業務を一人で担当しました。それまで、ボランティア活動や教育実習などで短時間授業をもったことがあるだけで、ここまで責任の重い「教える」という経験はありませんでしたので、この準備期間は私にとって大変重要な時間でした。以前、大学の指導教員の先生に「留学は意味があると思いますか?」と質問した時、「留学は行くだけじゃなく、行く前の準備、行った後の取り組みができてはじめて身になるものだ」という主旨の助言をいただいたことを思い出しました。私は将来英語教員になり、日本語支援の必要な児童生徒のサポートもできる教師になることを目指しています。コロナのために思いがけず延長されたこの準備期間は、指導教員の言葉通りプログラムの成功のために非常に重要な一部であり、将来の目標に向けて有意義な学びと次へつながる出会いをもたらしてくれました。

日本語の授業の概要

Happy Hour

ハイブリット授業のための教室
 ラマポ大学では、私が派遣された春学期に開講された日本語の授業は、ゼロ初級者向けと初中級者向けの2コースありました。そのうち私はゼロ初級者向けの授業のプライマリーティーチャーとして活動しました。パンデミックのため大学のほとんどの授業はオンラインでしたが、FLTAが担当する授業を含む一部の授業は、原則対面+登校できない学生はオンライン参加というハイブリット形式で行われました。そのため、教室にはWebex Room Kitという装置と大きなモニターが設置されており、クラスの様子をオンラインで参加する学生に配信すると同時に、教室にいる学生とオンラインの学生が同期でやり取りすることもできました。私の授業を受講してくれた11名の学生のうち2名がオンライン参加でした。私のプライマリーティーチャーとしての仕事は、教科書選び、シラバス作成、教材研究、授業準備、授業実施、中間・期末テスト作成と採点、成績評価、オフィスアワーなどこのコースに関わる全ての業務です。授業は1回100分が週2コマ(火・金)で、オフィスアワーは週3時間(火水木)でした。この他にも、Independent Studyという一人の学生のために特別に開講されたコースのTAが週1時間、Happy Hourという日本語クラブのような活動が週1時間ありました。この2つはいずれもオンラインでした。

日本語授業をやってみて
 FLTAプログラムでの活動の中で得た最も大きな収穫は、日本語の授業を通して学生と良い関係を築けたことです。私はこの学期を通して、学生にとって心理的に安全な教室を作れるよう努めました。それは学習者がその言語を習得する上で非常な大切な話す機会を保障するという点で必要なことだと思います。また、コースが本格的に始まる前にニーズ・レディネス調査をするなど、学生の背景や関心、日本語を勉強する目的についてできる限り理解することに注力しました。そうすることで、教科書に載っている会話例や例文をそのまま使うだけでなく、教科書を参考に会話例やアクティビティの場面設定をより学習者の経験や実生活に近づけることができたと思います。それは「文脈の明確化」や「文脈の個人化」が「主体的で対話的な深い学び」を実現する上で重要であるというこれまで理論的に勉強してきた知識が、実践的な教授スキルに繋がった瞬間であり、このプログラム前にかかげた目標を達成する意味でも価値ある取り組みになったと思います。しかしそれ以上に私にとって意義ある収穫は、このような取り組みを通して学生と良い関係を築けたことです。教室の心理的安全性を担保するよう努めたり、学習者の背景や関心を理解しようとする姿勢は、語学教授に関する面だけでなく、学生との良好な関係構築するという側面でも有効に働いたのではないかと思います。
私は、それまで教授経験もなく、英語力も未熟なため、アメリカの大学生に受け入れられるかとても不安に思っていました。しかし実際に学生と対面し、日本語の授業を重ねていくうちにその心配は不要だったと思わされました。私の英語力や教授スキル・経験はどう考えても不足しているにも関わらず、学生はそんな私を受け入れてくれ、最後には絆のような精神的な繋がりをも感じさせてくれました。彼らは、立場、英語力、人種、国籍、経験量などで人をジャッジするのではなく、人を人として見て理解し受け入れてくれたのです。学期末の授業評価アンケートに彼らが書いてくれたコメントを読んで、このように感じたのは私だけでなく、学生もまた私の思いを受け取ってくれていたと実感することができました。彼らには本当に感謝しています。
「異文化理解」や「日米相互理解」と聞くととても壮大な課題のようですが、それを実現する第一歩は、表面的に見えるラベルやハードスキルだけで人をジャッジしない姿勢を持ち、目の前の人と関係を丁寧に構築することだと実体験をもって理解することができました。

活動終了後
 この貴重なアメリカでの経験を真に価値あるものにし、日本に還元するためには、帰国後の現在とこれからの取り組みが重要です。先にも述べた通り、渡米前の準備期間は有意義な学びと次へつながる出会いをもたらしてくれました。その出会いというのは、日本語教師コミュニティです。現在はこのコミュニティを運営する組織に入り、日本語教育事業に携わっています。アメリカの学生との相互理解や精神的な繋がりの構築体験は、その組織の理念に通ずるものがあり、FLTAの経験がとてもいい形で次のステップへと繋がっていると感じます。FLTAが繋いでくれたこのご縁は私にまた新たな挑戦をもたらしてくれました。現在は一緒に働く仲間に日々感化されながら日本語教育の可能性にワクワクしています。来年からは応募前からの志望通り英語教員になろうと考えています。日本語教育事業でも英語教員としての仕事でも、「言語教育を通して、他者を尊重し平和を作り出す社会を実現する」という私の長期的な目標に向けて邁進していきたいと思います。

最後に
 以上のように、フルブライトFLTAプログラムは活動前後を含め、非常に充実した機会を与えてくださりました。この機会を最大限活かし社会に還元できるよう、これからも精進します。新型コロナウイルスの影響で大混乱の中、この貴重な機会を提供してくださり、支えてくださったすべての関係者の方に深く感謝申し上げます。ありがとうございました。

3. 小澤初実 Ursinus College, Collegeville, PA

中間レポート

渡米前
 私は元々、2020年8月にプログラムを開始する予定でした。しかしコロナウイルスの蔓延によって、2021年1月から春学期のプログラムにオンラインで参加し、その後、2021年8月に渡米し、秋学期から現地でプログラムに参加することになりました。未曾有のウイルスにより、始めはすべてオンラインになってしまうのではという不安がありましたが、現在は何とかアメリカで経験を積むことができているので、とても嬉しいです。渡米するまでに、コロナ関係でたくさんやっておかなければならない作業があり非常に大変だったので、こちらに一覧にしてまとめておきたいと思います。

・ワクチン接種
 渡米する前にワクチンを接種しておいた方が何かと不都合が起きないと考え、ワクチンを接種してから渡米しました。私が渡米する前には、まだワクチンがあまり出回っておらず、接種できる人数が限られていました。そこで、文部省が実施していた留学者向けの特別枠へと登録し、書類を提出しました。書類を提出した後、何とか2回目の接種も出発前に日本で受ける手筈が整い、ワクチン接種を日本で済ませることができました。実際にアメリカに来ると、ニューヨークなどの大都市では、ワクチンの接種記録書を提示しないと入店できないレストランや美術館などもたくさんあるため、ワクチン接種は必須かと思われます。

・アメリカのコロナ禍の入国条件の確認
 アメリカは大きな国なので、州によって入国条件が異なります。他のFLTAの方々に確認しても、みんなそれぞれ入国条件が異なっていたので、各自自分の向かう州でどのような条件になっているのかを確認することが必要です。私の滞在先はペンシルベニア州で、幸いなことに、出発日から起算して3日以内のコロナウイルス陰性証明書を提示すれば、アメリカに到着後隔離はしなくてもよいという条件でした。隔離しなければならないとなると、ホテルの手配などもしなければいけないので、しっかり確認することが必要です。

・コロナウイルス陰性証明書
 私は渡米する際にデルタ航空を利用しましたが、飛行機に搭乗する際に、出発日から起算して3日以内のコロナウイルス陰性証明書が必要でした。私は羽田発の飛行機に乗ったので、東京のクリニックで検査を受けましたが、保険適用外になるため、合計3万円程お金がかかりました。(こちらの料金は、後で日米教育委員会の方から払い戻してもらえます。)*
* 予期なく変更となる可能性があります。

コロナ禍の大学の様子
 コロナ禍ということもあり、学校のイベントが行われていなかったり、寮のルールが厳しくなっていたりしました。特に困ったのが、学校が田舎にあるということもあり、普段であれば、TAのお世話をしてくれる学生たちがいるということでしたが、今回はそれがなかったことです。到着してから授業が始まるまでの間は、誰かと知り合う機会もなく、生活していくのがとても大変でした。何しろ田舎なので、車がないと何もできません。近くのスーパーまでは、徒歩で行くと2時間ほどかかるということで、学校内のカフェテリアを利用するしかないという状態でした。おそらく、コロナ禍でなければもう少し色々なことに自由がきく状況だったと思われますが、コロナウイルスが、大学生活全体に影響を与えている状況を思い知らされました。これからTAとして派遣される方々には、事前に1週間分程度の食べ物や、日用品等をしっかりと日本から持ってくることをお勧めします。

日本語の授業について
 アーサイナス大学の日本語教授の田中先生は、本当に素晴らしい方で、授業を見学するだけでとても勉強になります。授業が始まって初めの1週間は、田中先生の授業見学を毎日行い、その翌週から、自分で授業を始めることになりました。授業を見学する中で特に感動したのは、「いかにinclusiveな授業をするか」ということが常に考えられている点です。誰一人取り残されない授業を行うために、授業内のあらゆるところに様々な工夫が施されていました。授業内では英語を一切使わせないという点も徹底していて、日本語の授業を行なっている教室内だけ、まるで日本に戻ったような感覚になるほどでした。語学を異国で学ぶことは非常に大変で骨の折れることですが、工夫を凝らしながらまるで日本で学んでいるかのような空間を作り上げることによって、学生たちの士気も上がり、みんなが、より日本語の授業を楽しめているように感じます。自分で授業の構成を考える際にも、田中先生の授業から吸収したことをしっかり活かせるように努めています。水曜日は朝から夕方まで5つのクラスを立て続けに持っているので、クラスのプランを立てるのが大変ですが、幸いにも、日本語のクラスの学生たちは日本語を学ぶことにとても熱心で、モチベーションが高いので、私の教える熱量も自然と上がり、非常に楽しく授業を行うことができています。テキストは基本、「げんき」を使用しますが、「げんき」以外にも、パワポを利用したり、ワークショップやペアワークを多く取り入れたりと、なるべく学生たちが楽しく、わかりやすく授業を受けられるように配慮しながら行っています。

履修した授業について
 秋学期は、フランス語の授業と、音楽理論の授業を受講しました。フランス語の授業は、「語学を教える際に他の語学の授業を受講すると、今後教える際に何かと役に立ちますよ。」という教授のアドバイスを受け、これまで学んだことのないフランス語を受講することに決めました。授業を受けてみると、私がそれまで行っていた授業のやり方と違う点や、もっとこう改善した方がいいなと思う点などを学習者の視点から見つけることができたので、受講して本当に良かったと思います。自分が授業をしている立場に立っていると、なかなか気付けないような小さなことにも気付けたので、これからFLTAとして派遣されるTAの方々にも、語学の授業を受講することをお勧めします。 音楽理論の授業を受講した理由は、私が音楽に興味があったこと、そして、音楽好きの学生たちと繋がりを持ちたいと考えたためです。音楽理論を英語で受けるというのは、私にとって相当な努力が必要でしたが、予習復習をしっかり行いながら、何とかついていくことができました。

授業外の活動
 毎週木曜日に、日本語テーブルを開いています。カフェテリアで一緒に学生たちと夜ご飯を食べながら、日本語を話しています。他の言語のTAたちも毎週行っていますが、日本語テーブルには毎回たくさんの学生が参加してくれることもあり、他のTAたちに、「一体どうやって学生を集めているの!?」と聞かれるほどです。日本語の学生たちの学びたい気持ちが強く、積極的にイベントに参加してくれるので、非常に有難いです。日本語テーブルの他には、日本語映画の上映、落語イベント、折り紙のカエル競争、カードゲームなどを開催しました。イベントを開催する度にたくさんの学生が集まってくれるので、いつもわいわいと活気のあるイベントになります。今学期は、日本食の料理イベントを企画しようと考えています。

まとめ
 フルブライトプログラムも残すところ、後2ヶ月半です。今後思い残すことがないように、後少しのアメリカの大学での授業・生活を精一杯頑張っていくと同時に、楽しみたいと思います。コロナ禍という特殊な状況下で、本当にたくさん予定外のことや、大変なことがありましたが、日本語教授や、学生たち、そして他の言語のTAたちに支えられながら、何とかここまで辿り着きました。辛い状況はまだまだ続きますが、この機会を与えてくださったことに感謝をしながら過ごしていきたいと思います。



最終レポート

 冬休み中にコロナウイルスが再度猛威を振るったことで、「春学期はもしかしたら全てのクラスがオンラインになるかもしれない」という話を聞き、春学期が始まるまで不安な思いでいっぱいでした。実際にアーサイナス大学周辺の学校は、次々に春学期のクラスをオンライン授業に変更することを決めていましたが、幸いにも、アーサイナス大学はそのまま対面授業を続けることになりました。図書館の地下で抗原検査ができる体制が整っていて、毎週検査を受けることが義務付けられていましたが、対面授業で授業が続けられたことは、本当に幸いでした。アメリカでの生活にも慣れたこともあり、春学期は秋学期よりも余裕を持って授業準備や、自分の受けているクラスに取り組むことができました。また、秋学期にはコロナウイルスの影響でなかなか開催ができなかったイベントの開催もできるようになりました。イベントを通して自分自身の視野も広がり、また、フルブライト奨学生として日本の文化をアメリカの学校の学生たちに伝えるという役割を果たすことができ、より実りのある充実した時間となりました。

日本語の授業
 春学期は、4年生の授業の内容を私が自分で考えて進めていくことになりました。それまでは教科書を使いながら進めていましたが、より実践的な日本語を学生たちに学んで欲しいと考え、会話に重点を置いた授業を進めました。学生たちがより興味を持てるように、ゲームを行ったり、カードゲームを使ってみたり、歌を歌ったり、映画を見て意見交換を行うなど、学生たちが主体的に学べる環境づくりに努めました。
 日本から持ってきていたお菓子を食べてもらいながら日本文化について話をするお茶会なども企画し、学生たちが日本の文化に触れられる機会を積極的に作っていくようにしました。結果、4年生の学生たちは本当に楽しんで毎回授業に参加してくれました。最後の授業の日には、みんなが「小澤先生の授業がこれから受けられなくなるのが寂しい」と言ってくれたのが本当に、心から嬉しかったです。
 アーサイナス大学の日本語の教授たちは、本当に様々な工夫を凝らしながら学生たちを惹きつける授業やイベントを展開していて、その中でも特に参考になったのが、落語のイベントです。当日は教授が招待した落語家の先生とオンラインで繋ぎ、英語の翻訳テロップを入れたり、時には落語家の先生が英語を使ってお話をしてくださったりしました。学生たちは実際に日本の文化に触れられたことを非常に喜んでいました。また、落語の他国でも通じる普遍的なユーモアに感動しました。例えば、熱いものを「熱い熱い」と言いながら食べるシーンなどは、英語のテロップなしでも学生たちが皆大いに笑っていて、日本の伝統的な文化を誇りに思うとても良いきっかけとなりました。

国際交流イベント
 コロナウイルスは、春学期が始まる前に想像していたほどひどい状態にはならず、一時は校内でマスクを外しても良い状態にまでなりました。そのおかげもあって、春学期には、秋学期にキャンセルが続いた大きなイベントも開催できるようになりました。そこで、フランス語、アラビア語、スペイン語、中国語のTAたちと、国際交流イベントを開催しました。
 それぞれの国の料理を作り、学生たちに振る舞ったり、それぞれの国の音楽を流しながら、ゲームをしたりしました。この国際交流イベントで私は、おにぎりとお味噌汁を作って振る舞いました。ふりかけご飯が珍しかったようで、おにぎりを食べた学生たちが「このご飯の味付けは何?すごく美味しい!」と言いにきてくれたり、「レシピを教えて!」というような嬉しい声を聞くことができました。参加してくれたみんなが喜んでくれたことが伝わり、とても嬉しかったです。また、私自身もこの国際交流イベントを通じて、今までに知らなかった文化を体験することができ、驚きの連続でした。エジプト出身のTAが振る舞ってくれたエジプト料理は、本当に美味しく、ぜひエジプトで実際に食べてみたいと思いました。
 この国際交流イベントを通して、日本の文化や食べ物を、日本のことをあまり知らないアメリカの学生たちにも体験してもらうことができたことは、とても幸いでした。当日は浴衣を着て参加したのですが、多くの学生たちが浴衣を気に入ってくれたのも嬉しかったです。また、このコロナ禍の中、大規模なイベントを開催させて頂けたことにも心から感謝しています。



誕生日パーティー
 アーサイナス大学では、尊敬できる教授と、日本語を一生懸命に学んでくれる学生たちに恵まれました。たくさんの素敵な思い出がある中で、私のアーサイナス大学での1番の思い出は、教授と学生たちが企画してくれたサプライズ誕生日パーティーです。私の人生の中でも、こんなにもたくさんの人に囲まれて迎えた誕生日はありません。この思い出は、私の人生の中でも指折りの貴重な思い出です。みんなが日本語で頑張って綴ってくれたメッセージは、私の宝物です。

プログラムを通して出会った人々
 アーサイナス大学の田中教授は本当に優しい方で、休み中にご飯に連れて行ってくださったり、最後にアメリカを出発する前には、フィラデルフィアのフラワーガーデンに連れて行ってくださったりしました。車がなく、なかなか遊びに行くことができなかった私には、このような時間がとても嬉しく、本当に感謝でいっぱいでした。
 そして、アーサイナス大学で一緒になった他の言語のTAたちとは本当に多くの時間を共有しました。同じ寮で生活していたため、辛い時にはお互いに支え合えるとても貴重な仲間でした。プログラムが終わりそれぞれの国に帰った今でも、互いに連絡を取り合っています。また、日本語の授業を受けてくれた学生たちも、私がアーサイナス大学で充実した時間を過ごせた大きな要因です。学生たちが喜んで日本のことを聞いてくれたり、いつか日本に行きたいと目をキラキラさせて話す様子を見て、「アーサイナス大学に来て日本語を教えることができて良かった」と心から思いました。
 この9ヶ月のプログラムを通して、たくさんの人々に出会い、また、アメリカで日本語を教えさせて頂くという貴重な経験を得ることができました。アメリカで日本に興味を持ってくれる学生たちをたくさん持てたこと、そして、側で支え続けてくださった教授、このような機会を与えてくださった日米教育委員会の皆様に感謝し、これからも日本の英語教育に力を注いでいきたいと思います。本当にありがとうございました。